2014年1月27日月曜日

60/100『ヒロシマ――壁に残された伝言』 井上恭介


読破っ!!
『ヒロシマ――壁に残された伝言』 井上恭介(NHK広島)
発行:2003年7月 集英社新書
難易度:★★
資料収集度:★★
理解度:★☆☆
個人的評価:★★★
ページ数:185ペー



【本のテーマ】(表紙裏より抜粋)
広島市の小学校の剥げ落ちた壁の奥に、白墨で書かれた伝言が見つかった。それはかつて原爆資料館にも展示されていた菊池俊吉氏撮影の「被爆の伝言」写真の、その原物が、20世紀の末になって再び人々の前に現れた奇跡の瞬間だった。著者はNHK広島放送局のディレクターとして取材を始める。


【目次】
序章 重なった奇跡
第一章 写真家が見たヒロシマ
第二章 幻の姉に出会えた
第三章 児童を探した教師たち
第四章 新発見、迷路をたどるように
第五章 親と子
第六章 伝言との対面
第七章 そして残されたもの
終章 テロと戦争の時代に
あとがき――三年後の出来事

【概要】

序章 重なった奇跡 では、伝言が発見された経緯が書かれていた。
昭和20年の被爆直後、袋町国民学校は被災地となり多くの被災者が集まった。爆発により、校舎の壁は煤だらけになり、その上にチョークを使って沢山の人が伝言を書いていた。その2年後の昭和22年、閉鎖された避難所を再度小学校として利用するために、壁の煤が洗い流され、その上から壁が塗られた。そして、さらに長い歳月を経て、平成11年春、小学校取り壊しの際に、壁の下から黒い文字が現れた。それは、洗い流された際にも残っていたチョークの下にこびりついていた煤であり、当時の伝言が約50年の時を経て再び現れた。

第一章 写真家が見たヒロシマ では、菊池俊吉氏について書かれていた。
 著者がドキュメンタリー映像を作るために、軍の委託カメラマン・菊池俊吉氏が被爆直後に撮影した「被爆の伝言」の資料を集め、その写真の中にも写っている伝言と発見された伝言を照合させる作業から始まった。

第二章 幻の姉に出会えた では、伝言に書かれた「西京節子」さんという人物に関する取材が書かれていた。
名前と住所などを頼りに、「伝言」に書かれた尋ね人「西京節子」さんの親戚を探し当てた。伝言を書いた人は叔父の浅雄さん、取材に応じたのは浅雄さんの妻と節子さんの妹であった。
浅雄さんの妻は、浅雄さんが親戚である節子さんを必死に探していることは知っていたけれども、
実際に伝言を残しているということを知り、夫を見直した。と述べ、妹は原発後に生まれているので、姉を見たことがないけれども、母を通して感じていた姉に、やっと出会うことができた、と述べていた。

第三章 児童を探した教師たち では、伝言に書かれた小学校の先生に関する取材が書かれていた。
交替で夏休みをとっていて被爆地にいなかった先生、「建物疎開」(=町が空襲を受けた時延焼を防ぐため、木造家屋が密集している場所に防火帯を設けるための家屋の取り壊し作業)に生徒を引き連れていっていた先生、被爆後小学校に向かい、先生が先生に向け学生の面倒の引き継ぎを頼む伝言を残していた。その先生と学生を取材することができ、当時の話を聞き、また、当時の学生は先生が自分のことを気に掛けていてくれたことを知る。

第四章 新発見、迷路をたどるように
 著者は解体作業を取材し、判読できた文字を放送することで、関係者からの情報提供を呼びかけた。その結果、自分の親戚であると名乗り出て来る視聴者が何人かいた。

第五章 親と子
 伝言を書いた人の子供に連絡がつきインタビューを行った記録を綴っていた。幼くして母を原爆の後遺症で亡くしたある女性は、伝言の文字を見て、覚えていないけれども母の字が懐かしい。と述べた。

第六章 伝言との対面
 インタビューに応えたくれた人に実際の伝言を見に来てもらい、その様子が書かれていた。

第七章 そして残されたもの
 伝言板の一部は小学校の横に平和資料館として残され、一部は切り取られ、別の場所にほかんされることになり、その作業について述べれていた。

終章 テロと戦争の時代に
アメリカの9.11テロ事件後、広島の人々が被災者を励ます活動を行ったことなどが書かれていた。

あとがき――三年後の出来事
 では、この本を執筆し終わるあたりに投稿されたある人の体験記について述べられていた。

【感想】
 重かったー。けど、当時のことがずっとリアルに書いてあるという重さではなく、現代からさかのぼってその人から話を聞く、という視点が歴史を感じさせられるものでした。

 書かれた伝言が最初、鈴江さんか鈴枝さんか分からなくて、しかも複数の親戚が名乗り出ていて、その際に、そのうちの一人が、伝言が見つかったのは嬉しいけど、(最終的に死んでしまったから)被爆後長い時間苦しい思いをして小学校の方まで行っていたのかと思うと苦しい。と述べ、結局別の人が書いたとあったと分かった際には、良かった。と述べているのが、亡くなった人に対してその亡くなり方までも思っている、家族愛を感じました。

 最後の後書きの体験記では、直接的な被害には合わなかったけど、家族を探しに来て、その際には、顔見知りばっかりであったが、誰がいたか覚えていない。と語られており、その理由が、「一言も話さなかったから」というのが、すごくリアルに感じられました。被害を受け、けがをした人は避難所でうめき声をあげていたりするのは想像ができるのですが、その反面、家族を探しに来た人々は、言葉を発しないという「沈黙」のリアルがあった。ということを知らされました。

 全編通して、家族関係がいっぱいでてきて、読みながら横に家系図書かないと関係があんまりわからなくて、その上、誰が亡くなって、誰が伝言書いて、誰がインタビューに答えているのか。というのが、分かりにくかったです。

 しかし、被爆から50年近くたった平成の時代に取り壊しの際に伝言が再び発見され、それをきっかけに、関係者に取材をし、記憶をたどる。という一連の出来事には大きな意味があると考えました。原爆の際の様子は想像しきれない部分が多くありますが、誰かから誰かに伝言を残したい、という部分はすぐ理解することができるので、入りこみやすいドキュメンタリーでした。

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