2013年7月29日月曜日

100冊読書 8/100 『自己愛な人たち』春日武彦

読破っ!!
『自己愛な人たち』春日武彦(精神科医)講談社現代新書
発行:2012年6月
難易度:★☆☆☆☆
所要時間:約5時間
 
【本のテーマ】
自己愛とは何か?自惚れ、自画自賛、自己顕示など、のマイナスイメージを持たれがちであるが、
自尊心、自己肯定、誇り、そして他者の尊重にもつながる感情である。
この「自己愛」とうまく向き合えないことから、様々な病理が発生している。
 
【キーワード】
自己愛の要素:<自己肯定><思い上がり><独りよがり>
様式美、自己愛、空虚感、自己実現、「可能性の亡霊」、
過敏型自己愛、誇大型自己愛、
引きこもり、新型うつ病、自傷行為、「残念な人」
卑しい自己愛、健全な自己愛
 
【目次】
まえがき
第一章:自己愛に似たもの
第二章:目立ちたがる人たち
第三章:折り合いをつける
第四章:他人を巻き込む
第五章:変装する自己愛
第六章:持て余す自己愛
あとがき
 
【概要】
第1章では、自己愛の基本的な3つの側面を述べていた。
それは<自己肯定><思い上がり><独りよがり>である。
一つ目の<自己肯定>は誇りを抱き、自信を持ち、自分を認めることで、他人も認める。
それは、心の安定と表裏一体であり、生きていくうえで必須である。
二つ目の<思い上がり>は、
傲慢、尊大、目立ちたがり、自己中心的、
選民意識(自分は選ばれた人間だ)、特権意識(自分は特別だ)、
共感を欠き、他人をないがしろにし、利用する。
三つ目の<独りよがり>については、自画自賛、自己陶酔、都合の良い思い込み
<思い上がり>と<独りよがり>は、他者に見せてしまうと、不快感を与えてしまうため、
その側面を心に秘め、コントロールして生きていくことが大切だと述べていた。
それをコントロールしきれないと、「病理」として表出するようになる。
 
第二章では、自己愛を、「他者からの認知、賞賛を求める」という側面から述べていた。
様式美(世間から認知される何らかのパターンに同化することで、
個人の認知を得た気分を得ること)としての暴走族、ガングロ。
自己愛を強く求める理由として、幼少時代に感じた「空虚感」の存在があげられる。
 
第三章では、自己愛を、「自己実現欲求」という側面から述べていた。
自己実現とは、人それぞれが自分の資質や能力に見合った形で努力を重ね、
自分らしらに則って完全な自己を完成させること。
言い換えると、自分自身を冷静に吟味し、分をわきまえる。ということ。
その例として、自己愛を飼い慣らし、世の中と折り合いをつけた人のエピソードをいくつか。
 
第四章では、自己愛による「他者への攻撃」という側面から述べていた。
自己愛の強い人たちは、「小競り合い」にのめりこみ、
「都合の良いライバル」「敵」「賛美者」を求める。
 
第五章では、自己愛の病理につながる負の側面を述べていた。
精神医学や心理学での自己愛の二極的理解
「誇大型自己愛」(尊大、自己中心的)
「過敏型自己愛」(自己愛が強いからこそ、失敗を恐れ、消極的、内向的 ≠ 謙虚)
現代日本人は「過敏型自己愛」傾向の人が多い。
「引きこもり」は、自分が大切ゆえ、挫折や敗北を棚上げにするための行為。
「新型うつ病」は、自己愛が満たされないもどかしさや不満感を「うつ」の症状に当てはめたもの。
「自傷行為」は、自己評価を低くすることで、心へのダメージを緩和する行為。
それぞれ、「自己愛」を扱いあぐねた結果の病理である。
 
第六章では、自己愛をマトリックス思考(縦軸横軸)で述べていた。
前章の「誇大型自己愛」―「過敏型自己愛」と、
「卑しい自己愛」―「健全な自己愛」をマトリックスにして理解する。
「卑しい自己愛」(傲慢、尊大、思い上がり、自己顕示、自惚れ)
「健全な自己愛」(おおらかさ、向上心、誇り)
現代人が多いのは、「過敏型自己愛・卑しい自己愛」である。
「誇大型自己愛・健全な自己愛」の代表として、岡本太郎をあげていた。
 
自己愛の(個人における意味での)反対語は「死」である。とまとめていた。
生きていくことは、後悔や自己嫌悪、絶望、不安、悔しさの連続であり、
それらは「自己愛」と表裏一体である。
 
【感想】
読みやすいけど、テーマが重かった!!!!!( ;∀;)
そして、著者の性格が、(著者自身言ってたけど)「ひねくれて」いました。。。
けど、所々核心をつく話や、精神科医独自の視点が書かれていました。
精神科医を受診した患者のエピソードや、小説を引用して論説を進めていました。
 
「自己愛」に肯定的・否定的側面があるというのには強く共感しました。
現代の病理が「自己愛」に起因すること、

そして、自己愛の反対語が「死」である。自己愛が生きる原動力である。
と言い切っていたことにも、はっとさせられました。
あと、「過敏型自己愛」は鋭いな。と思いました。
僕も他人事とは思えない。。。
 
この100冊読書っていう行為も、
自己愛の行為だと思っています。
ただそれが、「健全な自己愛」であるように注意して書いていきたいと思います。
 
【個人的評価】70点
所々ひねくれて、テーマの重い文章だったけど、
最近気になっていたテーマだったし、
独自の観点に、はっとさせられたので70点!

2013年7月28日日曜日

100冊読書 7/100 『習近平と中国の終焉』冨坂聡


読破っ!!
『習近平と中国の終焉』冨坂聡(ジャーナリスト)角川SSC新書
発行:2013年1月
難易度:★★★★☆
所要時間:約15時間




【本のテーマ】
中国共産党に迫る危機のキーワードとして、「格差」「権力者の腐敗」「薄熙来」
をキーワードとして、習近平を共産党と言う組織の連続性の中で捉えていく。
 
【キーパーソン】
胡錦濤、薄熙来、王立軍、習近平、汪洋、胡耀邦、
 
【キーワード】
共産党、反日デモ、「打黑唱红」、双规、文化大革命、改革開放、十七大、十八大
生活压力、人肉检索、「杀出一条血路」、思想解放、民主化
 
【目次】
プロローグ:習近平指導部の誕生
第一章:「薄熙来事件」が習近平政権に残したもの
第二章:なぜ習近平が総書記に選ばれたのか
第三章:「格差問題」と「民主化の模索」
エピローグ:習近平時代の中国を読み解くために
 
【概要】
 
第一章
薄熙来事件について(薄熙来の奥さんが殺人に関与していたとされた事件)
そして、それまで「打黑唱红」(腐敗を徹底追及し、改革の歌を歌う)
などの派手なパフォーマンスを行い、民衆から支持を得ていた薄熙来が、
共産党から「文化大革命」の再来につながる危険分子とされ、
徐々に政界から消えていく過程を書いていた。
 
第二章
習近平達が属する「太子党」(2世為政者)について。
二世為政者といっても、文化大革命があったことにより、
習近平、父親ともに貧しい農村や(父は)刑務所で辛い時期を過ごす。
しかし、改革開放後、習近平の貧しい農村での辛い経験を、
政治で活かすことができると目をつけられた。
彼を推薦する数名の政治家の影響もあるが、
習近平が総書記に選ばれた大きな理由の一つとしては
「誰も反対しない、無難な人選だったから」という風に書かれていた。
 
第三章
北京オリンピックで国が豊かになると人々の期待が高まったが、
実際は「実感を伴わない豊かさ」であった。
またオリンピックの直後にリーマンショックがあり、
その影響で格差がさらに大きく開いた。
そのことにより、民衆の中で富裕層に対する怒りが募り、
各地での暴動や談判が相次いだ。
それが、薄熙来が残した「打黑唱红」をより助長させ、
人肉検索(=金持ちの弱みをネット上で徹底的に暴く&叩く)が広まった。
 
また、汪洋は広東省で「杀出一条血路」(命がけで血路を切り開け)
や「思想解放」(意識改革)をスローガンに掲げ、
薄熙来のような派手さはないが、地道に改革を行っていた。
汪洋の目指す「小さな政府」の確立に向けて、
計19項目もの政府自治体レベルでの改革を行った。
政府は彼の地道な民主化に向けての改革を、
排除するのではなく評価している。
 
天安門事件に見られるように、
民主化を求めるためのデモなどの運動が、
結果的に民主化を遠ざけることになってしまった。
そのため、民衆は民主化を心の奥に抑え込んでおり、
共産党も、民衆を意識した政治を行い、
民主化に向けて少しずつ進んもうとしている。
 
【感想】
難しい本だった!けど、中国の政治について少しイメージを持てる本だった。
中国の歴史を語るにあたって、
「文化大革命」、「天安門事件」は避けて通れないと思います。
この本の中にも出てきていて、
また少し、知識をふやすことができました。
それでもほんとに表面的、断片的だと思うので、
引き続き、中国の歴史や政治を勉強したいと思います。
 
共産党支配っていうと、国民を管理し、支配しているっていうイメージだったけど、
実際は中国政府も国民を意識した政治をしていて、
民主化に向けての動きも、暴動にならない用に気を付けながら、
少しずつ進めているのかな。という印象を受けました。
 

2013年7月27日土曜日

JENESYS2.0中国大学生訪日 交流イベントに参加して

今日、学生団体を通して知り合った友達から誘ってもらった、
外務省が関わる日中交流イベントに参加してきました。
本当にいい経験ができました!

まずはグループに分かれて清水寺を観光し、その後、討論会を行い、夕食を食べました。

観光では、自分が日本のことについて知らない、うろ覚えな事ばかりで、
例えば、、、清水寺本堂の入り口にある鉄の下駄と杖、これは何!?って聞かれて、
弁慶が履いてたんだっけ・・・?って思ったけど、自信なくて答えられませんでした。。。
まともに紹介できたのは、
「清水の舞台から飛び降りる」っていう有名なことわざくらいでした。( ;∀;)
外国の人に日本文化を紹介するのは難しいです!
そして、質問に対して何回か「分からへん( ;∀;)」って言ってたのを、
それすらも、「大阪の方言だ!」っていって喜んで、真似していた彼らを見ると、
なんか、申し訳なくなって、もっと日本のこと勉強しようと思いました!

討論会では、勝手ながらも、自分の卒論のテーマである「中国の面子と日本の空気」を提案したら
興味を持ってくれて、それについて話し合いました。
日中学生の意見交換の中で出た話を簡単にまとめます。

面子文化について。
中国人は、他人に対して関心が強く、また、他人と競い合う意識も強い。
だから、自分の立場にふさわしい行いであったり、身分にふさわしい物を持っていないと
「恥である」という一つの考え方と、
もう一つは、自分の立場をより高く見せようと、自分の身分以上の行いや、物を求める
「虚栄心」という二つの考え方。
その二つの考え方が「面子」の中には混じっている。
という風に理解しました。

対する日本の空気文化は、調和を大事にし、皆と同じであること、
集団の中の流れや他人の気持ちを読み取り、合わせることが重視される。
「空気を読む」ことに失敗した人は「KY」として非難され、恥をかく。
それは身内だけにとどまらず、公共の場でも影響を及ぼす力である。
という風な意見にまとまりました。

そして、この二つの文化に共通する点は、まずどちらも「人との繋がり」の中に存在する文化であり、そして、どちらも「他者の視線」や「恥」を意識している文化である、という点です。

僕の卒論計画時点での仮説では、
さらに、どちらの文化も「他者の気持ちを配慮する文化」である、
ということを考えていたのですが、どうも「面子文化」はやはり、個人的要素が強く、
「他者の面子を考える」という話になると、あまり意見が出てこなかったので、
仮説が少し外れた気持ちです。。。
だがしかし、これに懲りずに研究を続けます。

こういう風に、生の中国人の話や、グローバルな視点を持つ人から
日中文化についての話を聞けたことは、大変刺激的でした!!

他の方の発表の中で、印象に残ったことで、
「日中の幸福感について」のお話をしているグループがあったのですが、
日本は社会貢献できることが幸せにつながると感じやすいのに対して、
中国は自分の目標を達成することが幸せにつながりやすい。
その違いは、それぞれの社会の中で「個人の余裕」の度合いが違い、
個人の余裕ができると、社会貢献的活動ができる。
ということが関係しているのではないか、というお話でした。
(僕の理解が間違ってたらごめんなさい( ;∀;))

その話を聞いて、社会貢献活動に参加するかどうかは、
その社会や個人の経済的状況の余裕、安定性など、
様々な要素が関わっているのではないか。と思いました。
もっというと、「国民性」と言われるものも、
それを支えているのは、その国の経済状況や、政治状況など、
その時代のその国民の生きる生活環境が国民の性格に影響を与えているのではないか。
という風に思いました。

そうすると、異文化間での価値観のズレを「あぁ、それは国民性の問題だから」っていう言葉で
簡単に片付けてしまう。というのは、国民の性格を「普遍化、一般化」してしまうことで、
その「国民性」の後ろにある、国民のおかれている生活環境や現状を見つめないようにしてしまう
危険性を持っている。と言えるのではないのでしょうか。

社会学的な考え方で、人間の行動の原因をその人自身の性格に求めるのではなく、
その人のおかれる生活環境や、生育環境に原因を求める。という考え方があります。
(社会病理学なんかが、それに近いかと思います。)
同じことが国民性についても言えるのではないでしょうか。

時代が変われば、国の状況も変わるし、そうすれば、国民性も変わるのではないでしょうか?
それとも、環境が変わっても、依然として変わらない
「受け継がれ続ける国民のDNA」があるのでしょうか?
皆さんはどう思いますか?
(もちろん、「どちらもある」というのが、一番無難な答えですが。)

この問いに答えるには、僕は歴史を知らなさすぎます。
真のグローバル人間、より深い相互理解を目指すのであれば、
受験勉強の時とは違う、より深いレベルまで歴史をもう一度勉強していこう。
そう再び決意できた一日でした。

活到老,学到老!

行田知広

2013年7月25日木曜日

高麗大学生の「退学宣言文」

先日読んだ『オーディション社会 韓国』の中に、出てきたとても印象深いお話を紹介します。
それは、高麗大学を自主退学する女子大生の「退学宣言」です。

2010年3月、ソウルの名門私立大学、高麗大学のキャンパスに手書きの宣言文が張り出されました。

『私は大学を辞める。いや、拒否する』

私は二十五年間、競走馬のように長いトラックを疾走してきた。
優秀な競走馬として、共にトラックを疾走する無数の友人を蹴散らし、それを喜びながら。
私を追い越して走ってゆく友人たちのために不安に陥りながら。
そうしていわゆる「名門大学」という初めての関門を突破した。
ところがどうだろう。もういくら激しく鞭を打っても足の力は抜け、
胸が弾むこともない。
いま私は立ち止まり、この競争トラックをみつめている。
その終わりになにがあるのだろう。
「就職」という二つ目の関門を通過させてくれる資格証明書の包みが見える。
あなたの資格よりも私のそれが優れていて
また別のあなたの資格に比べて、私の資格は無力で。
そうして新たな資格取得を目指すのがまた始まるだろう。
ようやく、私は気付いた。
私が走っているここは、終わりのないトラックであることを。
先の方を走っていても、永遠に草原には到達できないトラックであることを。

では、私の敵の話を始めよう。
これもまた、私の敵であると同時に、私だけの敵ではないはずだ。
名前だけが残った「資格ブローカーのビジネス」となった大学。
それが、この時代の大学の真実であることに向かい合っている。
大学はグローバル資本と大企業へ最も効率的に「部品」を供給する下請け業者となり、
私の額にバーコードを刻み付ける。

大きな学びも大きな問もない、「大学」のない大学で、
私は誰なのか、なぜ生きるのか、何が真理なのか問うことはできなかった。
友情も浪漫も師弟間の信頼も見つけることはできなかった。
私は大学と企業と国家、そして大学で答えを見つけろという彼らの大きな責任を問う。
深い怒りで。けれども同時に彼らを維持する者となった私の小さな責任を問う。
深い悲しみで。「勉強さえよく出来れば」全ては許され、競争で勝つ能力だけを育てて、
私を高価値の商品に加工してきた私が、体制を支えていたことを告白するしかない。
この時代に最も悪しきもののうちのひとつが卒業証書人生の私、
私自身であることを告白するしかない。

学費を用意するために辛い労働をされている両親が目の前をさえぎる。
「ごめんなさい。この機会を逃したら一生私を探せず生きていくしかなさそうなのです。」
多くの言葉を涙で呑み、春が訪れる空に向かって、深く、大きく深呼吸をする。
いま、大学と資本というこの巨大な塔から、小石のかけらのような私が離脱する。
塔はびくともしないだろう。だが、小さくとも、ひび割れは始まった。
同時に、大学を捨て、真っ当な大学生の第一歩を踏み出すひとりの人間が生まれる。

―――――――――――『オーディション社会 韓国』中の原文日本語訳 抜粋

韓国の強烈な「競争社会」を論述しているこの本読み進めていく中で
この文章が出てきたとき。すごく胸を打たれました。
彼女がとった「大学を退学する」という行為については、
批判もあると思い、僕からは言及しませんが、
(彼女は、大学を辞める勇気が萎んでしまわないために、この宣言を張り出したそうです。)
僕にとっては、「強烈な競争社会」を表現したどこか文学的なこの文章が、
とてもリアルで、競争社会の中からの悲鳴を聞いているように
僕の心に迫ってきました。

日本の競争社会にも通じるものがあると思います。
大学を「資格ブローカーのビジネス」と言い切っている彼女の思い切りの良さ。
日本でも大学が「ブランド化」しているとどこかで感じていた僕には、とても痛快でした。
もちろん、「いい大学に行く」ということに価値はあります。
でも、「それだけじゃないでしょう?」
そう問を投げかけられているような気がしました。
今はまだ、その問いにはまだうまく答えられません。

MOOC(Massive Open Online Course)「大規模公開オンライン授業」が
少しずつ広まっているという話を聞きます。
日本でも、学校で受ける授業より、
テレビで「世界一受けたい授業」の方が中身が濃くて勉強になる。とか
「TED」をみた方が世界のことを知れる。
なんてことが起こっています。
この「MOOC革命」が広まったら、今の大学の現状はどう変わっていくのでしょうか。
どちらにせよ、「学び続ける意志」は必要だと思い、
僕も、退学宣言をした彼女の勇気に負けないように、
気を引き締めて「学び」を追求し続けようと思っています。

行田知広

2013年7月23日火曜日

100冊読書 6/100 『本当は怖いソーシャルメディア』山田順


読破っ!!
『本当は怖いソーシャルメディア』山田順(ジャーナリスト、出版プロデューサー)小学館101新書
難易度:★★☆☆☆
所要時間:約8時間

【本のテーマ】
近年、ソーシャルメディアの影響力がますます大きくなっていく中、海外メディア事情にも詳しい筆者が、日本での一方的なソーシャルメディア支持の状況に警鐘を鳴らす。
 
【キーワード】
ソー活、「村」、プライバシー、オープングラフ、マスメディア、ソーシャルメディア、
リターゲティング、アドエクスチェンジ、データエクチェンジ、
フリーミアム、キュレーション、バンドワゴン効果、ビッグブラザー、
ネットワーク支配権をめぐる争い、
 
【概要】
 <1章Facebookの落とし穴>
日本では、Facebookに対する正しくない認識が普及している。
(アクティブユーザー、社交クラブ(Social Club)的階層的閉鎖コミュニティ)

< 2章シリコンバレーを選挙せよ>
SNSが貧困層の結束を高める側面があると同時に、
貧困層を食い物にしている側面がある。

<3章グーグルの挑戦と野望>
グーグルを筆頭に、顧客の属性データだけでなく、顧客の行動履歴も集めるようになる。
人と人のつながりだけでなく、人と物のつながりまでデータ(オープングラフ)として収集される。
そのデータによってより効率的な広告を行うが、二つのデータを合わせると、ほぼ完全に個人のプライバシーがなくなる。

<4章ソーシャルメディ礼賛論の罠>
マスメディアも、ソーシャルメディアも発信源は「人」であり、人によって情報の質が変わる。
ソーシャルメディアは双方発信型だが「第三者(記者)」が介在しないため、
本人発言でも真実と異なることがある。

<5章電子書籍ガラパゴス村>
アメリカではヒットした電子書籍が日本ではうまくいかなかった。
アマゾンが電子書籍「Kindle」を普及させる際には、
ハード(端末)だけでなく、コンテンツ(電子書籍)販売までを見越した戦略を練っていたため、
日本大手企業を抜いて普及した。

<6章新聞なき世界で起こること>
既存メディア(特に新聞)よりも、SNSを通して無料でニュースを得る人が増えてきたことにより、
既存メディアの利益が下がり、質が下がる。
しかし、その行きつく先には、既存メディアの記者の不在による
「取材空白地域」の広まりによる、地方政治の腐敗が起こってしまう危険性がある。

<7章目前にせまるメディア融合時代>
アメリカでのネットテレビの普及からも読み取れるように、端末や業界のジャンルを超えて、ユーザーの時間や、ネットワーク支配権を奪い合うメディア融合時代が到来する。
そこでは情報過多により、個人での判断が難しくなり、キュレーション(まとめサイト)を見て、大衆が流されるように判断をするようになる。「バンドワゴン効果」

<8章ビッグブラザーが支配する監視社会>
Google「Think Insights」ページにアクセスするユーザーの属性データの統計を公開。
小説「1984年」のような、全知全能の存在が社会を監視する時代が到来するのではないか?
わざと非合理的な選択をして彼らを惑わすことくらいでしか、彼らから逃れる手段はないのかもしれない。

 【感想】
IT・ネット・マスコミの世界についてすごく深く書いてある本でした。
著者がジャーナリストということもあり、SNSに大きな脅威を感じているという立場で、
実感のこもった話でした。
特に、衝撃的なトピックスをいくつか紹介します。

・Facebookの始まりは、創業者のマーク・ザッカーバーグ氏がボストン大学の女子に振られ、
その腹いせに女子大学生の顔の格付けサイト「フェイススマシュ」を立ち上げたところからはじまった。
・Facobookが目指す先は、「ネット上にローマ帝国のような共和制コスモポリタンを作ること」
であるという(根拠は、彼の伝記や、彼の受けた教育)
・GoogleとCIAが共同で、Web上の個人の全データから未来の行動を予測するプロジェクトを
行っている。
・Googleが考える次の世代は「ウェブ上で既存メディアからソーシャルメディアまでが融合し、
テレビやPC・ケータイなど全ての電気機器がみな同じ機能を持ってしまう時代(=メディア融合時代)」

そして、第七章では、「おバカほど情報をたくさん集めて失敗する」と断言し、
枠の中の断片的な情報を集めたことで満足してしまう危険性を指摘していました。
先日の投稿で「集合知」のことを書いたばっかりだったので、
自分のことを言われているようで、ドキッとしました。
どれだけ情報を集め続けても、「完全」な理解ではないという自己認識が大切だと思いました。
あと、「フリーミアム」(なんでも無料で手に入る状態)は、
実は自分の首を絞めている。という主張も、的を得ていると思いました。
メディア融合時代の到来に一方でドキドキし、一方で不安になりました。

Working Villageについて、考えていること。

行田です。
本を読み切れなかったので、「Working Village」について、考えていることを書きます。

今読んでいる本の中で、ソーシャルメディア(SNS)とマスメディアの情報の信憑性について書いてありました。

ソーシャルメディア(特に、twitter・wikipediaなど)は「集合知」的価値がありますが、その一つ一つの情報は、発信者によって信憑性があったり、なかったりします。
対するマスメディア(テレビ・新聞・ラジオなど)は、本来は情報の信頼性が高いですが、政治や企業団体などの利害関係の影響を受け、操作されることがあります。

そんな中で、僕が考えているのは、「信頼できる、集合知」をつくること、です。

マスメディアが報道するニュースだけに頼るのではなく、SNSを利用し、
より質の良い、実感や体験を伴った情報を集め、より質の高い「集合知」を作ることこそが、
これから生きていくうえで、大切なんだと思います。
「情報リテラシー」っていうのは、つまりそういうことなんだと思います。

例えば、twitterで、何人も信頼できると思う有識者の方をフォローして、情報を集める。
そういった方法で自分で情報を収集できる時代に、もうなっているのだと思います。
(という僕も、最近この方法をやり始めたのですが(^-^;)

というわけで、このWorking Villageでも、集まったメンバーで「集合知」を作ってみたいと思っています。

もうひとつ。
自分が求める「集合知」を得るだけでなく、
そこに、「偶然的な価値のある発見」=「セレンディピティ」を生み出すには、
このWorking Villageは適した環境設定になるのではないか、と考えています。

行田知広

2013年7月21日日曜日

100冊読書 5/100 『娘に贈る12の言葉』ジム・ロジャーズ

読破っ!!
『娘に贈る12の言葉』ジム・ロジャーズ(投資家)日本経済新聞出版社
難易度:★☆☆☆☆
所要時間:約4時間
【本のテーマ】
投資家として成功を収めるジム・ロジャーズが、父親として娘に贈る12のメッセージ。
 
【キーワード】
自立的思考、大きな変化、常識・大衆、世界
 
【概要】
1.他者に流されてはいけない
2.大好きなことに情熱のすべてを注ぎなさい
3.常識はそれほど常識ではない。
4.世界を自分で見ておいで
5.哲学を、つまり「考える」ということを学びなさい
6.中国の時代 中国語を身に着けてほしい
7.歴史を勉強しなさい
8.汝自らを知ること
9.変化をとらえ、そして受け入れなさい
10.未来を見つめなさい
11.大衆に逆らいなさい
12.幸運の女神は努力を続けた者に微笑む
以上12のメッセージ。
それぞれの項目で、自身の経験を絡めて、なぜそう思うのかを語っていました。
世界を自分の目で見て、「大きな変化」に気付き、自立的思考により徹底的に調査し、
大衆や常識の考えに惑わされずに、自分の思うように、好きなようにやることが大切である。
 
【感想】
中学生ぐらいの時に出会いたかった本。
「勉強しなさい」というプレッシャーの下で育つ学生達にとって、
「なぜ勉強するのか?」というのは、とても大きな問いだと思います。
しかし、その問いの十分な答えを得られることもなく、また、
その問いにじっくりと向き合う時間も得られず、ただただ、勉強している。
そんな学生はどれくらいいるのでしょうか?少なくとも僕もそんな学生の一人でした。
「なぜ勉強することが大切なのか?」を身をもって実感すること、
世界の変化を感じ取ること、将来の危機を感じること。
それを感じれるようになると、勉強の意味がすごく変わってくるんだと思います。
学べば学ぶほど、自分の無知さを知れる。という言葉が印象的でした。
あと、日本を投資の対象としてとらえて外国人の口から語られる姿はとても興味深かったです。
島国であり、単一民族であること、それは団結力を高める反面、
よそ者を排他し、社会が硬直しがちになりやすいという面も持っている。
「イギリスのだけしか知らない者に、イギリスが本当に理解できるはずがない」
っていう言葉も深いと思いました!
10年後、100年後の未来についても少し語っていたのも興味深かったです。
それはそうと、この本を書いた父親のもとに生まれた娘は、「最高に」恵まれていると思う。
どんな親のもとに生まれるかによって「教育格差」があるなぁ、と考えました。
これってどうしようもないのかなぁ。
韓国での教育熱の過激さを知ってから、そんなことをよく考えてしまうのでした。

2013年7月20日土曜日

100冊読書 4/100 『自分のことをしゃべりすぎる若者たち』杉浦由美子

読破っ!!
『自分のことをしゃべりすぎる若者たち』杉浦由美子(ノンフィクションライター)講談社+α新書
難易度:★☆☆☆☆
所要時間:約4時間

 
【本のテーマ】
華麗に自己アピールしなければ、という焦燥感を封印して、無難にやり過ごす方法とは?
(華麗にアピールしようとして、誤った方法でしゃべりすぎて失敗してしまう若者について)

【キーワード】自己PR、自己表現、自己顕示欲、ゆとり世代、オンリーワン、ネガティブチェック、空気を読む、SNS、リア充、ネット弁慶、ネット弱者、上から目線

【概要】
現在の若者は、就活、婚活など、自己PRを求められる機会が増加し、また、SNSをはじめとするネットコミュニケーションが増加し、そして、ゆとり教育による「オンリーワン教育」を受けたことにより、「自己表現の機会」を多く持つようになった。
そんな中、増大した自己顕示欲をうまくコントロールし、問題を起こさないように注意しなければならない。日本の現在の不況的経済状況から考えると、「自己顕示欲が少い(少なく見える)人」が、
特に大企業などから、受け入れられやすい。
リアルでうまくいかない分をネットで補う「ネット弁慶」や、過度の「リア充アピール」などに
陥らないように気を付け、また、「上から目線」にならないように気を付け、
「空気を読み」、沈黙に負けない勇気を持つことが大切である。
 
【感想】
自己顕示欲や自己表現について考えさせられました。
SNSで発信する内容というのは、基本的に「リア充アピール」的内容になってしまいがちです。
そして、日本人は昔から謙虚が美徳とされ、自己主張しすぎるのは見苦しいという感覚が
あるので、「メディアリテラシー」という言葉もあるように、SNSとの向き合い方というものは、
実は一歩間違えれば誤解を生んでしまう、とても危険で、難しいものだと思いました。
私の中の結論としては、まずは自分のなかの自己顕示欲をいったん認め、
その上で、SNSで発信する際には、自己顕示をするだけになるのでなく、
そこに読者に対して「何か」を提供できないか、ということを考えるようにしようと思いました。
例えば、「100冊本を読む」と決めた際にも、「本読んだ!どや!!本読んでる自分すごい!」
という印象を与えてしまうと、悪印象なので、
あくまで、他者の存在を考慮し、彼らに「何か」を提供できないかと考えて文を書く。
「~をして楽しかった!」投稿をするときも、「~がおすすめ!」などの情報を盛り込むなど、
そのように考えてから投稿することで、いくらかの誤解を避けられると思いました。
 
(メディアリテラシー)from IT用語辞典e-words
情報が流通する媒体(メディア)を使いこなす能力。メディアの特性や利用方法を理解し、適切な手段で自分の考えを他者に伝達し、あるいは、メディアを流れる情報を取捨選択して活用する能力のこと。