2013年8月3日土曜日

100冊読書 10/100 『キャラ化する日本』相原博之

読破っ!!
『キャラ化する日本』相原博之(元バンダイキャラクター研究所所長)講談社現代新書
発行:2007年9月
難易度:★★☆☆☆
所要時間:約10時間
 
 
【本のテーマ】
日本には「キャラクター」や「キャラ」があふれている。様々なものが「キャラ」へ向かう現象を
「キャラ化」とみなし、「キャラ化」とはいったいどのような事か、
「キャラ化」が進む社会には何があるのか。を考察する。
  
【キーワード】
キャラクター、キャラ、安らぎ・癒し、親近感、愛着、リアリティ、
実写化、「むひょキャラ」、二世代、三世代キャラ
経験耐久消費財、キャラ・コミュニケーション
物語消費、データベース消費、「萌え」、シュミラークル、オーラ
 
【目次】
序章:日本中で「キャラ化」現象が起きている
第一章:キャラクターと日本人の精神史
第二章:大人も子供もキャラクターの虜
第三章:「私」と「キャラとしての私」
第四章:拡大する「キャラ化意識」
第五章:「キャラ」の持つ社会的存在の意味
第六章:消費・ブログ・ケータイ・セカイ化
終章:キャラ化世界はどこへ向かうのか
 
 
【概要】
序章では、本書に登場する様々な「キャラ化」を列挙していた。
アイデンティティのキャラ化、身体のキャラ化、政治のキャラ化、経済・企業のキャラ化、
消費のキャラ化、の5つをあげていた。
仮想現実に囲まれて育った世代は、「生身の現実世界」よりも「仮想現実」に
リアリティや安らぎを感じるようになった。それが「キャラ化」の始まりである。とのべていた。
 
第一章は、キャラクターが日本人の精神にどのような影響を与えてきたについて。
戦後のキャラクターの普及について述べていた。
2004年のバンダイキャラクター研究所の調査によると、
日本人の何らかのキャラクターグッズを所有する率は79%、
何らかのキャラクターに対して好意を感じる率は90.2%にまで及んだ。
性年齢別にみると、年齢が高くなっても、特に女性の間ではキャラクター商品所有率が高い。
対するキャラクターに対するネガティブイメージ(オタクっぽい等)一割台にとどまる。
キャラクターが提供する精神的効能には、
1・やすらぎ2・庇護3・現実逃避4・幼年回帰5・存在確認6・変身願望7・元気活力8・気分転換
の8つあると述べていた。
 
第二章は、キャラクターが世代を超えて愛され、「共感」と「思い出」という価値を付加していく。ということについて。
ストレスレベルの高い小学生に対して、
「母親、父親、親友、キャラクターの中で、一番安心できる存在はどれですか?」
1位は母親(56.3%)二位がキャラクター(17%)、三位が父親(13.3%)四位が親友(10.4%)
「むひょキャラ」(無表情キャラ)嬉しい時も、悲しい時も共感してくれているように感じられる。
「二世代、三世代キャラ」(親、子ともにそのキャラクターを好み、楽しめるキャラクター)
大阪府立大学荒木長照教授キャラクターは、「経験耐久消費財」である。
(キャラクターは、思い出、経験を通して、個々の中でブランド価値を高めていく。幼少期の幸福体験のような魅力が付加され、価値が強化されていく。)
 
第三章は、現実と仮想現実ベクトルの逆転についてのべられていた。
インターネットという「キャラ化社会」の中で育った世代は、
現実の存在よりも、情報としての対象の方に親近感を持ったり愛着を覚えたりする。
漫画原作の実写化について、
以前は漫画とは「複雑な現実世界をわかりやすく簡素化したもの(現実→仮想現実)」であったが、
実写化というのは、「漫画でしか描けない高度な仮想現実世界を、実写という古典的な世界に簡素化する作業(仮想現実→現実)」である。とし、リアルと仮想現実の逆転現象が起こっている。と指摘していた。
 
第四章は、日常にあふれるキャラ化した例を述べていた。
お笑い芸人(ボケ・ツッコミキャラ)
政治のキャラ化(小泉内閣、東国原知事→政治においても、キャラが立たないことが致命的弱点となる)
経済のキャラ化(「堀江貴文」と「ホリエモン」、株・債権・証券→仮想現実)
身体のキャラ化(タトゥー・ピアス・ガングロ・コスプレ→拡張的な身体 脳トレブーム)
 
第五章は、「キャラ」と「キャラクター」の違いについてと、「キャラコミュニケーション」について述べられていた。
「キャラクター」は、人やその性格のことをさす。
対する「キャラ」は、キャラクターに先立って「存在感」や「生命感」を感じさせるもの。
若者のキャラ・コミュニケーションについて。
自分が「何キャラ」であるか、は自分で選択するのなく、所属する集団が恣意的に決める。
自分が「何キャラ」と決まっていることが、集団内での居場所があることを意味し、
「キャラがない」ということは、その人のアイデンティティを揺さぶるほどの不安を引き起こす。
この傾向は、人格をわかりやすく記号化し、視覚化している行動であるといえる。
キャラコミュニケーションは、相互の表層的な関係ができやすいが、
深く入り込んで、自分の予想を超える未知なるコミュニケーションに対する強い拒否反応を示す。
自分の居場所を確保するために、グループ内での役割としての「キャラ」を演じ、
それがやがて翻って、自分自身のキャラクター(人格)にまで影響を及ぼすことがある。
しかし、それを積極的に受け入れているのが「キャラ」を生きることに慣れつつある若い世代の現状である。
 
第六章は、「物語消費」と「データベース消費」について。
かつては、物語を通してあるキャラクターを好きになる。というパターン(物語消費)であったのが、
それが、そのキャラクターの持つ部分的要素に「萌え」るという(データベース消費)に移行しつつある。「エビちゃん」と「海老原友里」についていうと、「海老原友里」という物語ではなく、
「かわいい」要素を集約したイメージとしての「エビちゃん」というデータベース(小さな物語)
を消費者は求めている。海老原友里もそのことを自覚している。
「シュミラークル」(オリジナルとコピーの間)にオリジナルのようなオーラを持たせる風潮。
コピーでは味気なさ過ぎる。そこへ属性やオーラを追加することで、「キャラ萌え」的価値を発生させることができる。
 
終章では、「セカンドライフ」的仮想現実世界がリアリティを持って受け入れられるようになってくるのではないか。と予想していた。
 
【感想】
終章をだけみると、著者がすごく期待していた「セカンドライフ」は
現在ではそんなに広まっていないので、予想は外れたようです。。。
著者に言わせると「まだ早かった」ということになる気がしますが。
 
しかし、第五章の、「キャラ・コミュニケーション」はすごく核心をついていて、
読んでいくうちに、中高時代の自分や周りの人間関係を思い出して、
すごく胸につき刺さるものがありました。
 
この本の中では、「キャラ化」が良いものor悪いものとしての主張は書かれておらず、
自分の中で、考え込んでしまいました。
「キャラ化」が進めば、分かりやすくて、スムーズに物事が進むかもしれないけれど、
「そのキャラ」っぽくないことや、「そのキャラ」と矛盾したことには目を向けられなくなる。
「1人間」として深く理解し合う、という関係が築きにくくなると思うのです。
 
今後も仮想現実化(キャラ化)が進んでいくと予想される中で、
どうやって「キャラ化」と向き合うのか。というところまでは書かれていませんでした。
あくまで、「現状を分析している。」というところにとどまっていると感じました。
 
僕の印象としては、「キャラクター」というのは、自分が思う「自分像」を含んでいるのに対して、
「キャラ」というのは、完全に他人が作り上げる「自分像」であると感じました。
その二つをうまくコントロールし、「キャラ」が「キャラクター」を侵食してくるのを防ぐことが、
「キャラ化」した社会で生きていく上で、大切な方法だと感じました。
 
【個人的理解度】
60%
【個人的評価】
70点
分析は新鮮で深いと思いましたが、そこから先の「対策」をもっと掘り下げてほしかったです。

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