『思考停止社会~「遵守」に蝕まれる社会~』郷原信郎(弁護士)
発行:2009年2月
難易度:★★★★☆
ページ数:210ページ
発行:2009年2月
難易度:★★★★☆
ページ数:210ページ
【本のテーマ】
経済の自由化が進むとともに、「法律」のあり方が変わってきている。
「社会の周辺にある特別な存在」であったものが、「日常的な世界」に侵入してきている。経済の自由化が進むとともに、「法律」のあり方が変わってきている。
しかし、人々はそれに対応できず、かつての「法律に対する遵守」の姿勢を変えれずにいる。
遵守による思考停止から脱却するにはどうすればよいのか?
【キーワード】
隠ぺい、偽装、改ざん、捏造、法令遵守、コンプライアンス、
「カビ型」違法、「ムシ型」違法、経済司法、
市民感覚、民衆裁判、「文化包丁」・「伝家の宝刀」としての法律、
事務弁護士、社会的要請
【具体的事例】
不二家賞味期限偽造問題、ローソン「焼鯖寿司」自主回収事件
伊藤ハムシアン化合物地下水混入事件、
姉歯氏偽装建築事件、鉄鋼業界水圧検査捏造事件、
村上ファンド事件、ブルドックソース事件、ライブドア事件、
裁判員制度、厚生年金記録改ざん事件、
TBS「朝ズバ」不二家バッシング事件、
【目次】
はじめに
第一章:食の「偽装」「隠蔽」に見る思考停止
第二章:「強度偽装」「データ捏造」をめぐる思考停止
第三章:市場経済の混乱を招く経済司法の思考停止
第四章:司法への市民参加をめぐる思考停止
第五章:厚生年金記録の「改ざん」問題をめぐる思考停止
第六章:思考停止するマスメディア
第七章:「遵守」はなぜ思考停止につながるのか
最終章:思考停止から脱却して真の法治社会を
【概要】
第一章では、食をめぐるいくつかの事件を通し、法令順守に過敏になっている社会を論じていた。
不二家賞味期限偽造問題についても、伊藤ハムのシアン化合物地下水混入事件についても、著者は弁護士として深く関係していく中で、どちらも健康被害に直結したものではないと知る。
しかし、「法令順守」をしていない、危険性を「隠蔽」している、という社会的風潮が過激化し、
具体的な内容を見ずに批判する姿勢になってしまっている。ことを指摘していた。
第二章では、姉歯建築偽装問題などを取り上げ、事件の背景を論じていた。
建築偽装問題の根源となったのは、1981年の建築基準法の改正で、耐震基準が導入され、その法令を順守するために、価格競争的に無理が生じ偽装が生まれた。そのような構造的要因は取り上げられず、偽装へのバッシングが過激化した。鉄鋼業での水圧試験データのねつ造についても、法令や規則、基準と実態の乖離が原因であると指摘していた。
第三章では、村上ファンド、ライブドア事件などを取り上げ経済司法の貧困について論じていた。
取り上げた事件は、司法の判断により、経済的に大きな影響を与えるものであったが、その影響力を考慮しきれていなかったことを指摘し、日本の経済司法の貧困を指摘していた。それは、経済司法が刑事司法などにくらべ変化のスピードが激しく、固定的な司法では対応しきれない。と述べていた。
第四章では、裁判員制度導入の過程についての思考停止が述べられていた。
裁判員制度は、導入の目的の議論が不十分なまま導入されてしまった。議論が不十分なまま法律で裁判員制度実施が定められてしまったことや、「やらないよりはやった方が良い」という風潮で進められてしまっている。と指摘し、その問題点を挙げていた。
第五章では、厚生年金記録の「改ざん」問題について、その問題の背景を述べていた。
「改ざん」という言葉が非常にあいまいで、定義を明確にすると何種類かのケースに分けられ、その中でも、実質的に被害を被ったケースは実はあまり多くないと述べ、しかし報道や社会には、「改ざん」のイメージが過度に広まっていた。ということを指摘していた。
第六章では、マスメディアが過度のバッシングを助長する側面があるということを述べていた。
TBS「朝ズバ」で第二章で取り上げた不二家の事件をバッシングする際に、証言をすり替えた捏造データを使い、権利を侵害したと指摘していた。放送倫理BPO委員会に追及されてもごまかし続けていたということを指摘し、メディアの在り方を述べていた。
第七章では、遵守がなぜ思考停止につながるのか、をアメリカの司法と比較して論じていた。
アメリカの方に対する考え方は「文化包丁」的であり、身近で個別的で有効的なもの、であるのに対して、日本は「伝家の宝刀」的であり、特別の時に「絶対有効的」なものとして使われるものであり、普段は慣習などで解決をしていた。と述べていた。しかし、経済の自由化が進み、コンプライアンスが重視されることで、法律が日常生活に少しずつ侵入してくるようになった。しかし、日本人は依然として、「伝家の宝刀」的対応で、法令が絶対的であるという態度が「法令遵守」の思考停止を生む、と指摘していた。
終章では、これからの司法の向かうべき道を示していた。
法令遵守が水戸黄門の「印籠」のような絶対的なものである、という考えから脱却し、その「印籠」をしっかりみつめ、それが「何を意味するのか」「どんな論理があるのか」を正面から問い直す態度が必要である。と述べていた。そのためには、「社会的要請に対する鋭敏さ(sensitivity)」と「人や組織がお互いに力を合わせること(collaboration)」が重要であると述べていた。また、法曹資格を持つ人にも変化が求められており、法廷弁護士(特別な事例を中心に扱う)から、事務弁護士(経済など、社会の中心的な事例を扱う)に向け、弁護士の質を変えるための教育や制度が必要であると述べていた。
【感想】
とてもハードでディープな内容の本でした。著者が法律家であるということもあり、具体性と説得性がありました。二章から五章くらいまでの具体的な事例は、半分くらいしか理解できなかったです。
しかし、本当はそれくらい奥が深い理解がないと語れない問題を、ニュースでは簡潔にまとめられてしまう、ということが、どれだけ無理解的で、危険であるかということを改めて考えさせられました。
あまり馴染みのなかった「法律」というものについて少し考えることができました。決まっているから、と思考を停止してしまうのではなく、その「決まり事」が、時代の現状と合っているのか、という視点を持って法律と向き合えるようになりたいと思いました。
司法との向き合い方が国によって違う、ということについても考えるきっかけとなり、少し興味を持ちました。
【個人的理解度】
40% 第七章と終章がそれまでの曖昧な理解をつなげてくれました。
【個人的評価】
90点 すごく深い話だと思うのですが、今の時点では理解しきれません。。。
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