2014年2月3日月曜日

63/100『日本という国』 小熊英二


読破っ!!
『日本という国』 小熊英二(慶應義塾大学教授)
発行:2006年3月 理論社YA新書
難易度:★
資料収集度:★
理解度:★
個人的評価:★★
ページ数:186ペー



【本のテーマ】(表紙より抜粋)
ぼくらの住んでいる国は・・・・・・これからどうすればいいんだろう?
近代日本の始まりから、学歴社会の成立、戦後のアメリカとアジアとの関係、そして憲法改正から自衛隊の海外派遣まで、今の日本を考えるうえで欠かせない知識を、ひとつながりの見取り図としてやさしく提示する。この国に生きる全ての人、必携の書!

【目次】
まえがき
第一部 明治の日本のはじまり
 第一章 なんで学校に行かなくちゃいけないの?
 第二章 「侵略される国」から「侵略する国」へ
 第三章 学歴社会ができるまで
第二部 戦後日本の道のりと現代
 第四章 戦争がもたらした惨禍
 第五章 占領改革と憲法
 第六章 アメリカの<家来>になった日本
 第七章 これからの日本は

【概要】
第一章 なんで学校に行かなくちゃいけないの?
 福沢諭吉の「学問のすゝめ」では、勉強することで身分制度社会を脱し、競争によって身分を勝ち取ることを提唱した。また、少人数の智者と、多数の愚者という構図ではなく、各人が学び・考えることで、最終的には緊急時の各人の対応力を高めることができ、結果的に国の力をつけることにつながる。と述べていた。

第二章 「侵略される国」から「侵略する国」へ
 福沢諭吉が唱えた「西洋聖人の教法」は、自由競争を提唱し、少数の智者で政治を行う「東洋聖人の教法」よりも効率的であるとした。しかし、社会の成長や理想に個人の精神が追いつかないため、国民の間に不満が生じてしまい、その結果外国に向けられ植民地などの侵略が始まる。日本はまだ「東洋聖人の教法」にとどまっているので、このままでは「西洋聖人の教法」に侵略されるのを待つだけである。だからこそ、いち早く東洋思想を脱し、「西洋聖人の教法」を身に着けるべきである。という「脱亜論」について述べられていた。

第三章 学歴社会ができるまで
 江戸時代の寺子屋から、日清戦争後の賠償金が教育基金となり、小学校の無償化、そして愛国心を育てる道徳教育など、について書かれていた。

第四章 戦争がもたらした惨禍
1931年満州事変、1937年日中戦争、1941年太平洋戦争、1945年日本敗北、約310万人(当時の人口の約4%)が死亡した。その後は韓国、台湾、中国、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、フィリピン、マレーシア、シンガポールの死亡者数が具体的に書かれていた。双方の国で数字に誤差があった。

第五章 占領改革と憲法
 アメリカGHQの占領の下で憲法第九条が成立した。天皇制は廃止するとなると反対勢力が強いと予想されたので、存続することになった。

第六章 アメリカの<家来>になった日本
 サンフランシスコ講和条約では、戦争で被害を与えた国々に対して賠償を行った。一部はアメリカが仲裁し、一部は個別で話し合い、一部(中国・韓国)は話し合いにも参加させなかった(後に賠償はしている)。
 アメリカは、日本の沖縄を軍基地の便利な拠点として捉え、日米安保条約で駐留することを認めさせた。日本に軍備は持たせないつもりであったが、冷戦が始まると考えを変え、日本にも軍備を持たせ、最終的にはアメリカ軍を援助させるために、日本の中に軍備として「警察予備隊」を結成させた。(後の自衛隊)ソ連が崩壊し冷戦が終わってから、アジアの各国は賠償金について主張することが多くなり、その理由は、賠償金が独裁政権によって使われてしまい、被害を受けた人たちに回ってこなかったというものが多かった。

第七章 これからの日本は
 戦後賠償金請求している国にどう対応するか、先行投資だと思って受け入れるという考えもある。他にも。1978年に靖国神社にA級戦犯を合祀した。中国の周恩来は、戦争について「日本が悪いのではなく、一部の軍国主義者が悪い」という解釈を広めたため、日本政府がA級戦犯を祭っている靖国参拝を参拝するというのは理屈に合わないと感じ、反発が生じている。
 在日米軍基地が減らないのは、日本が駐留経費の約7割を出しているから、等のことが書かれていた。

【感想】
 読みやすかったし、分かりやすかった。けど、所々感情的な記述も含まれていて、歴史に感情は挟むべきではないと思ったし、「わかりやすい」からこそ、実は真実から離れてしまっているかもしれない。とも思った。歴史とは複雑で分かりにくいものだと思います。

 戦後賠償問題や、靖国問題について各国の主張に触れることができました。特に、靖国については、「なぜA級戦犯を合祀したのか?」という疑問が残ります。A級戦犯だけ特別扱いであることは明らかだから、他の戦没者とは分けておくべきだったと思いました。A級戦犯の烙印の基準があいまいだったからかもしれませんが。
 以前、北京大学と早稲田大学の学生同士の対話をNHKでやっていたのを見たのですが、そこで、「日本はもっと中国に面子をくれたらうまくいくと思う」と言っていて、この場合での「面子」は、「中国がやろうとしていることを理解してくれ。」ということであって、それはつまり、靖国の場合では、「戦争について、日本が悪いのではなく、一部の軍事主義的なA級戦犯が悪い」という中国の公式な認識を覆すようなことはしないでくれ。ということだと理解しました。
 しかし、日本側としても、中国に理解してもらいたいものがあって、それは「空気」だと思います。
結局、なぜ日本は戦争を始めたのか、この本では「脱亜論」が大きな要因であると述べていますが、資源の問題とか、結局はっきりとした理由は分かりませんでした。終戦間近の頃にも、負けると分かっていながら出撃したり、残忍な攻撃をしかけたことがありました。その決断を下したのは、確かに「A級戦犯」ですが、そうさせたのは、「当時の空気」なのです。
 今日偶然、国会中継をやっていて聞いていたのですが、そこで安倍さんに靖国参拝について質問している人がいて、その答えの中に、A級戦犯者も日本を築いてくれた一員であり、その家族に対して誠意を見せたい。(要約なのでちょっと違うかも)というようなことを言っており、つまりは、A級戦犯をすなわち「悪」というふうに捉えることを拒否している。という姿勢が見られました。
 それがすなわち日本の軍国主義の再来を意味するのではなく、「罪を憎んで人を憎まず」という諺のように、「空気を憎んでA級戦犯を憎まず」という立場であるのだと思います。
 だから、中国が日本に対して、「面子」を理解してくれ、というのと同様に、日本は中国に対して「空気」を理解してくれ。という主張をするべきだと思います。

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