2014年2月3日月曜日

63/100『日本という国』 小熊英二


読破っ!!
『日本という国』 小熊英二(慶應義塾大学教授)
発行:2006年3月 理論社YA新書
難易度:★
資料収集度:★
理解度:★
個人的評価:★★
ページ数:186ペー



【本のテーマ】(表紙より抜粋)
ぼくらの住んでいる国は・・・・・・これからどうすればいいんだろう?
近代日本の始まりから、学歴社会の成立、戦後のアメリカとアジアとの関係、そして憲法改正から自衛隊の海外派遣まで、今の日本を考えるうえで欠かせない知識を、ひとつながりの見取り図としてやさしく提示する。この国に生きる全ての人、必携の書!

【目次】
まえがき
第一部 明治の日本のはじまり
 第一章 なんで学校に行かなくちゃいけないの?
 第二章 「侵略される国」から「侵略する国」へ
 第三章 学歴社会ができるまで
第二部 戦後日本の道のりと現代
 第四章 戦争がもたらした惨禍
 第五章 占領改革と憲法
 第六章 アメリカの<家来>になった日本
 第七章 これからの日本は

【概要】
第一章 なんで学校に行かなくちゃいけないの?
 福沢諭吉の「学問のすゝめ」では、勉強することで身分制度社会を脱し、競争によって身分を勝ち取ることを提唱した。また、少人数の智者と、多数の愚者という構図ではなく、各人が学び・考えることで、最終的には緊急時の各人の対応力を高めることができ、結果的に国の力をつけることにつながる。と述べていた。

第二章 「侵略される国」から「侵略する国」へ
 福沢諭吉が唱えた「西洋聖人の教法」は、自由競争を提唱し、少数の智者で政治を行う「東洋聖人の教法」よりも効率的であるとした。しかし、社会の成長や理想に個人の精神が追いつかないため、国民の間に不満が生じてしまい、その結果外国に向けられ植民地などの侵略が始まる。日本はまだ「東洋聖人の教法」にとどまっているので、このままでは「西洋聖人の教法」に侵略されるのを待つだけである。だからこそ、いち早く東洋思想を脱し、「西洋聖人の教法」を身に着けるべきである。という「脱亜論」について述べられていた。

第三章 学歴社会ができるまで
 江戸時代の寺子屋から、日清戦争後の賠償金が教育基金となり、小学校の無償化、そして愛国心を育てる道徳教育など、について書かれていた。

第四章 戦争がもたらした惨禍
1931年満州事変、1937年日中戦争、1941年太平洋戦争、1945年日本敗北、約310万人(当時の人口の約4%)が死亡した。その後は韓国、台湾、中国、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、フィリピン、マレーシア、シンガポールの死亡者数が具体的に書かれていた。双方の国で数字に誤差があった。

第五章 占領改革と憲法
 アメリカGHQの占領の下で憲法第九条が成立した。天皇制は廃止するとなると反対勢力が強いと予想されたので、存続することになった。

第六章 アメリカの<家来>になった日本
 サンフランシスコ講和条約では、戦争で被害を与えた国々に対して賠償を行った。一部はアメリカが仲裁し、一部は個別で話し合い、一部(中国・韓国)は話し合いにも参加させなかった(後に賠償はしている)。
 アメリカは、日本の沖縄を軍基地の便利な拠点として捉え、日米安保条約で駐留することを認めさせた。日本に軍備は持たせないつもりであったが、冷戦が始まると考えを変え、日本にも軍備を持たせ、最終的にはアメリカ軍を援助させるために、日本の中に軍備として「警察予備隊」を結成させた。(後の自衛隊)ソ連が崩壊し冷戦が終わってから、アジアの各国は賠償金について主張することが多くなり、その理由は、賠償金が独裁政権によって使われてしまい、被害を受けた人たちに回ってこなかったというものが多かった。

第七章 これからの日本は
 戦後賠償金請求している国にどう対応するか、先行投資だと思って受け入れるという考えもある。他にも。1978年に靖国神社にA級戦犯を合祀した。中国の周恩来は、戦争について「日本が悪いのではなく、一部の軍国主義者が悪い」という解釈を広めたため、日本政府がA級戦犯を祭っている靖国参拝を参拝するというのは理屈に合わないと感じ、反発が生じている。
 在日米軍基地が減らないのは、日本が駐留経費の約7割を出しているから、等のことが書かれていた。

【感想】
 読みやすかったし、分かりやすかった。けど、所々感情的な記述も含まれていて、歴史に感情は挟むべきではないと思ったし、「わかりやすい」からこそ、実は真実から離れてしまっているかもしれない。とも思った。歴史とは複雑で分かりにくいものだと思います。

 戦後賠償問題や、靖国問題について各国の主張に触れることができました。特に、靖国については、「なぜA級戦犯を合祀したのか?」という疑問が残ります。A級戦犯だけ特別扱いであることは明らかだから、他の戦没者とは分けておくべきだったと思いました。A級戦犯の烙印の基準があいまいだったからかもしれませんが。
 以前、北京大学と早稲田大学の学生同士の対話をNHKでやっていたのを見たのですが、そこで、「日本はもっと中国に面子をくれたらうまくいくと思う」と言っていて、この場合での「面子」は、「中国がやろうとしていることを理解してくれ。」ということであって、それはつまり、靖国の場合では、「戦争について、日本が悪いのではなく、一部の軍事主義的なA級戦犯が悪い」という中国の公式な認識を覆すようなことはしないでくれ。ということだと理解しました。
 しかし、日本側としても、中国に理解してもらいたいものがあって、それは「空気」だと思います。
結局、なぜ日本は戦争を始めたのか、この本では「脱亜論」が大きな要因であると述べていますが、資源の問題とか、結局はっきりとした理由は分かりませんでした。終戦間近の頃にも、負けると分かっていながら出撃したり、残忍な攻撃をしかけたことがありました。その決断を下したのは、確かに「A級戦犯」ですが、そうさせたのは、「当時の空気」なのです。
 今日偶然、国会中継をやっていて聞いていたのですが、そこで安倍さんに靖国参拝について質問している人がいて、その答えの中に、A級戦犯者も日本を築いてくれた一員であり、その家族に対して誠意を見せたい。(要約なのでちょっと違うかも)というようなことを言っており、つまりは、A級戦犯をすなわち「悪」というふうに捉えることを拒否している。という姿勢が見られました。
 それがすなわち日本の軍国主義の再来を意味するのではなく、「罪を憎んで人を憎まず」という諺のように、「空気を憎んでA級戦犯を憎まず」という立場であるのだと思います。
 だから、中国が日本に対して、「面子」を理解してくれ、というのと同様に、日本は中国に対して「空気」を理解してくれ。という主張をするべきだと思います。

62/100『これからの中国の話をしよう』 原田曜平・加藤嘉一


読破っ!!
『これからの中国の話をしよう』 原田曜平(博報堂)・加藤嘉一(コメンテーター)
発行:2013年8月 講談社
難易度:★
資料収集度:★
理解度:★
個人的評価:★★★
ページ数:324ペー


【本のテーマ】(表紙より抜粋)
好き嫌いではなく、私たちは不可思議な隣国とどう付き合うべきか
「中国でいちばん有名な日本人」vs.「日中若者研究の第一人者」現場で格闘中の若き論客ふたりだから語れる「ほんとうの話」


【目次】
はじめに 加藤嘉一
中国地図
第1章 中国を好き嫌いで見るな
第2章 「八〇後」をどう見るか
第3章 ほんとうの新人類「九〇後」の世界
第4章 不公平という不安要因
第5章 共産党と民主化をどう読むか
第6章 地域が変われば文化も変わる
第7章 中国人の金持と中間層
第8章 中国人が感動する日本
第9章 中国人との付き合い方
第10章 企業はこんな中国人を雇え
第11章 現場に自ら足を運ぶということ
第12章 グローバルな世界で
第13章 八〇後の子どもが大人になったとき
おわりに 原田曜平

【概要】
はじめに 加藤嘉一
第1章 中国を好き嫌いで見るな
 1980年以降生まれの中国人=「八〇後」は、中国独自のソーシャルメディアを日本の若者がtwitterやfaceboookを使うのと同様かそれ以上に使っており、日本の若者と共通するところがある。しかし日本人は反日デモなどの中国人に関する悪い報道の影響で怖がったり嫌ったりしている人が多いが、中国語マーケティングの対象や顧客として考える際には「好き」「嫌い」などの感情よりも、どのようにつきあっていくかこそを考えていくべきである。
他にも、加藤さん、原田さんそれぞれの来歴が語られていた。

第2章 「八〇後」をどう見るか
 「八〇後」の特徴、時代背景(一人っ子政策開始後世代など)、特徴的な人(韓寒など)、流行語(「吊丝」など)、彼らの思い描く理想のキャリアなどについて語られており、競争が激しくGDPは急成長していても、個人的には豊かさを感じられない人が多い、ことなどが書かれていた。

第3章 ほんとうの新人類「九〇後」の世界
 1990年以降生まれの中国人=「九〇後」の特徴、流行語(「残脑」、「非主流」など)、特徴的な人(劉著、郭美玲、蘇紫紫など)、八〇後との違い(更なる多様性、ネット民の多さなど)、などについて語られており、八〇年代が以前の価値観と新しい価値観に挟まれた「ボーダー世代」であるのに対し、九〇後は、より開放的な価値観を持っている。と語られていた。

第4章 不公平という不安要因
 「我爸是李刚」事件(偉い人の子供だから罪を間逃れることができてしまう)について、「~二代」という言葉が象徴するような、身分格差が存在している現状、逆に少数民族だからこそ「加分」(優遇措置)がとられるというなどの、さまざまな不公平について語られていた。

第5章 共産党と民主化をどう読むか
 「一人独裁」とは違う「一党独裁」について、「一党独裁」ということは、「失敗は許されない」ということである。ということや、そんな政治体制の下で、どのような行動が規制・処罰の対象となるのか。について語られていた。

第6章 地域が変われば文化も変わる
 「中国」をひとくくりに語るのはほぼ不可能であること、都市と地方の違い、まだ日本人が知らない可能性を秘めた地方についてなどについて語られ、ビジネスを行う際には、いきなり都市でするのはリスクが高すぎるから、まずは台湾や香港で手ごたえを掴むのがよいと述べられていた。また、日本と同じ感覚で、東京でうまくいったから、同じ方法でそのまま全国に広める、という手法が通用しないことが多く、地域地域に合わせたやり方をより多く求められる。

第7章 中国人の金持と中間層
 多くの富裕層が国外に移民している現状とその理由、日本はかつて「一億総中流社会」と言われたほど「ミドル層」が分厚かったので、そこを対象にするのは得意だが、富裕層を対象にするのはまだ得意ではない、などが語られていた。

第8章 中国人が感動する日本
 日本人は中国人よりも「集団行動」が得意であると評判であること、その原因のひとつに、「文武両道」を義務教育の中で目指していること、そのことにより「部活動」文化が根付いている事などがあげられていた。日本人学生はチームワークなどの共同作業が得意で、中国人学生はプレゼンテーションやディベートなどの発言が得意、という傾向があり、お互いに学ぶべきところがある。

第9章 中国人との付き合い方
 親しさを「1~10」の段階に分けるとすると、中国人の付き合い方は「1~3」もしくは「8~10」というようなどちらかの極端な関係が多い特徴をもつのに対し、日本人の付き合い方は「4~6」という微妙な関係が多いという特徴を持つ。中国人は「足し算的発想」で相手を喜ばせることを考えるが、日本人は「引き算的発想」で相手に迷惑をかけないことを考える傾向がある。他にも、中国人は「性悪説」的であり、人を疑ってかかるのに対し、日本人は「性善説」的に信じてかかる傾向がある。日本にある「空気」文化について、中国で現れるのは、奢りあいの中で「誰が奢るか」ということを、「誰がお金を持っているか」を探り合う、という意味で空気を読み合っていると述べていた。また、中国の「面子」文化について、自分が相手に対して良くした分の見返りを無意識で期待しているので、相手がしてくれたのと同程度(かそれ以上)返さないと、不快な思いをさせてしまう。などのエピソードが語られていた。

第10章 企業はこんな中国人を雇え
 有名大卒業の中国人は、日本の大企業以外には来たがらないので、中堅大学などを採用することで、「自分を採用してくれた」という忠誠心を持ってもらうことができる。また、中国人留学生は中国の現状を知る助けとなる。現地採用は日本人と給料の差が生じ不満を抱かせやすい。ということなどが語られていた。また、日本の国際学部などについても、結局日本人学生で固まってしまうところよりも、辺鄙なところにある一種の閉鎖空間で国際交流をしている大学(APUなど)の方がグローバル感覚を身に着けた学生が多い。などが語られていた。

第11章 現場に自ら足を運ぶということ
 中国が人脈社会であること、現地にマーケティングに行った際は広い視野が必要であること、現地駐在にいても日本人だけで行動し、現地の感覚が身につかないことがある、ということ、ネットや留学生から現地の情報を得ることができること、そして、一番大事なのは「クロス」する能力で、国を超えて、業界を超えて、市場を超えて、中国を見る力である。と述べられていた。

第12章 グローバルな世界で
 中国人の方がグローバル意識が高いということ、前章の「クロス」の具体例としてのIphoneやエコブームにより、世界中の若者の間で共通の認識が生まれつつあること、そんな中で「フリーエージェント」という国や企業などの様々な枠を超えた「個人」として生きていくことの重要性について述べられていた。

第13章 八〇後の子どもが大人になったとき
中国は今後、経済成長を進めていくと同時に、コンパクト化を行っていくだろう。GDPがすなわち個人の幸せと直結しているとは考えず、バランスの良い発展を目指すだろう。少子高齢化が進み、資源問題が生じる。その際、日本が近い将来直面する少子高齢化への対処法から学ぶだろう。中国は公害などについても、表面化で日本の過去の似たケースを参考にして対策を考えている。

おわりに 原田曜平
加藤さんはまず中国メディアで有名になり、初めてテレビにコメンテーターとして出たとき、番組の最後のフリップに今後の日中関係への提言を書くべきところで、白紙のまま出し、「あえて提言を空白で出します。まずここでいったん考えを真っ白に戻して、『日本や中国はこうあるべきだ』ではなく、まずは等身大の相手を理解しようとして、この番組をそのための良い機会にしましょう。」と述べた。

【感想】
 濃かった。対談やから、さらっと読めるかと思いきや、濃い内容の発言が多く、また、どっちが発言しているのかを気にしたりして、結構時間がかかった。長い中国生活と、メディアにも出たことなどの「経験」をもとに話す加藤さんと、博報堂若者研究所でインタビューやアンケートで集めた「データー」をもとに話す原田さん、という特徴が見える対談でした。二人のそのような特徴が掛け合わさって、中国の「現状」が伝わってきました。
 これまでに読んで来た中国に関する本の重要な点がピックアップされていました。それまでに聞いたことのあるだけの情報を整理したり、新しい知識を知ることができる、良い本だと思いました。
今後中国に行く人にとっては、「バイブル」となりうる本でした。今まで読んだ中国に関する本の中で、「一番幅広く現状を経験とデーターをもとに語っている」本だと思ました。
 なにより、対話が「前向き」であることが好印象でした。日中関係というと、歴史認識や、文化の相違などによる不理解など、後ろ向きなことが多いのに、彼らはまっすぐに前向きで、日中関係の未来に希望を感じられる良書でした。
 内容濃すぎたので、一回読んだだけでは内容を整理しきれません。また読み直したいです。

2014年2月1日土曜日

61/100『わたしが正義について語るなら』 やなせたかし


読破っ!!
『わたしが正義について語るなら』 やなせたかし(作家)
発行:2013年11月 ポプラ新書
難易度:★
資料収集度:★
理解度:★
個人的評価:★★★
ページ数:158ペー


【本のテーマ】(表紙裏より抜粋)
正義とはなにか。絶対的な正義なんてないし、正義はある日逆転する。正義のためには悪い人がいなくちゃいけないし、悪人の中にも正義がある。正義を生きるのは大変だけれども、その中で僕たちが目指すべき正義とは――。私たちの絶対的なヒーロー「アンパンマン」の作者が作中に込めた正義への思い!


【目次】
はじめに
第一章 正義の見方って本当にかっこいい?
第二章 どうして正義をこう考えるようになったのか
第三章 正義の戦い方
第四章 ぼくが考える未来のこと

【概要】
第一章 正義の見方って本当にかっこいい?では、
 アンパンマン誕生のエピソードが書かれていた。力があるものが正義なのか、当時流行っていたスーパーヒーローの在り方に疑問を持っていた作者が、絶対に変わらない正義は「愛と献身」である、と考え、アンパンマンの誕生につながったというエピソードが書かれていた。
また、悪い人というのも、本当に根っからの悪なんて存在していなくて、「仕方ない悪・必要悪」というものが存在する、ということを絵本の世界に描いた、その作品について述べられていた。

第二章 どうして正義をこう考えるようになったのかでは、
 作家としてのやなせたかしの生い立ちが書かれていた。最終的に「アンパンマン」を誕生させたのは50代近く。それまでは、舞台構成作家やキャラクターデザインの仕事をこなしていた。人から頼まれれば、自分がやったことのない世界にもあえて飛び込み、それがまた次の仕事を呼び込んでいた。「アンパンマン」の原型となる絵本「あんぱんまん」を出版した当初は、自分の顔を食べさせるという設定が親から不評で、出版社からも売れない。と言われていた。しかし、その予想に反して3、4歳くらいの子供からとても気に入られ、絵本がボロボロになるまで読まれたというエピソードが書かれていた。

第三章 正義の戦い方
 アンパンマンで描きたかったのは、「正義を行うには自分が傷つく覚悟が必要である」ということ、そして、「正義を行う時には人を巻き込んではならず、戦うときには自分一人だと思わなくてはならない」ということ(だから「愛と勇気だけが友達」という歌詞を作った)。傷つくことを恐れて悪を見逃すと、世の中がどんどん悪くなっていってしまう。ということなどを語っていた。
 作家としてうまくいった理由として、自分には才能がないということを自覚しながらも、「虚仮の一念」(愚かでありながらも、やり続けること)が大切だと述べていた。その一方で、一つだけでは頼りないので、何かほかに「武器」を持っておくべきだ。とも述べていた。つまり、「一番好きなこと」以外にもう一つ何かできるようになることで、「付加価値」をつけることができる。と述べていた。やなせさんの場合は漫画家という「一番好きなこと」に、詩や童話の世界を加えたことで「やなせメルヘン」が生まれた。

第四章 ぼくが考える未来のこと
 戦争はよくない。国同士のいさかいに国民が巻き込まれてしまうから。しかし、やなせさんはそれを声高に叫ぶのではなく、そのようなテーマを面白く、楽しく伝えたいと思ってきた。
「全ての美術、全ての文化は、人を喜ばせたいということが原点で、喜ばせごっこをしながら原則的には愛別離苦、さよならだけの寂しげな人生をごまかしながら生きている。」と述べていた。

【感想】
 良い話やった。。アンパンマンに関するエピソードが、誕生させたときの思いとか、発売当初は批判が多かったけど、子供たちが理解してくれて、人気が出たとか。随所に深い話が多かったです。
「正義」という言葉は難しいし、何が正しいかというのは答えにくいですが、「飢えている人にご飯を与えるのは、『正義』だ」というやなせさんのメッセージはすごく真理だと思いました。
「愛と献身」が絶対的な正義であり、その正義を実行するには、自分が傷つくことを覚悟しなければならない。しかし、その戦いに人を巻き込んではならない。自分一人で戦っていると思うべきである。、、、そんな全ての言葉が胸に突き刺さりました。
そして、そんな深くて真摯なメッセージを、「楽しく、面白く」をモットーに表現し、伝えようとする姿勢がかっこよすぎます。
 「アンパンマン」が軌道に乗り始めても、毎年見る赤ちゃんは変わるから、「今年の赤ちゃんにはうけるかな・・・」と不安な気持ちを持ちながら常に新しい気持ちで臨んでいた、というお話も、赤ちゃんという「顧客」に真剣に向き合っている姿勢が伝わってきました。
 「虚仮の一念」という言葉も奥深くて、本当は「虚仮の一念、岩をも通す」という仏教の言葉らしく、
愚かでも願い続ければきっと夢が叶う、というメッセージであるとともに、それでも、一つだけでは不安定だから、何かほかに「武器」を持ちなさい、というメッセージも、すごく的を得ていると思いました。

2014年1月27日月曜日

60/100『ヒロシマ――壁に残された伝言』 井上恭介


読破っ!!
『ヒロシマ――壁に残された伝言』 井上恭介(NHK広島)
発行:2003年7月 集英社新書
難易度:★★
資料収集度:★★
理解度:★☆☆
個人的評価:★★★
ページ数:185ペー



【本のテーマ】(表紙裏より抜粋)
広島市の小学校の剥げ落ちた壁の奥に、白墨で書かれた伝言が見つかった。それはかつて原爆資料館にも展示されていた菊池俊吉氏撮影の「被爆の伝言」写真の、その原物が、20世紀の末になって再び人々の前に現れた奇跡の瞬間だった。著者はNHK広島放送局のディレクターとして取材を始める。


【目次】
序章 重なった奇跡
第一章 写真家が見たヒロシマ
第二章 幻の姉に出会えた
第三章 児童を探した教師たち
第四章 新発見、迷路をたどるように
第五章 親と子
第六章 伝言との対面
第七章 そして残されたもの
終章 テロと戦争の時代に
あとがき――三年後の出来事

【概要】

序章 重なった奇跡 では、伝言が発見された経緯が書かれていた。
昭和20年の被爆直後、袋町国民学校は被災地となり多くの被災者が集まった。爆発により、校舎の壁は煤だらけになり、その上にチョークを使って沢山の人が伝言を書いていた。その2年後の昭和22年、閉鎖された避難所を再度小学校として利用するために、壁の煤が洗い流され、その上から壁が塗られた。そして、さらに長い歳月を経て、平成11年春、小学校取り壊しの際に、壁の下から黒い文字が現れた。それは、洗い流された際にも残っていたチョークの下にこびりついていた煤であり、当時の伝言が約50年の時を経て再び現れた。

第一章 写真家が見たヒロシマ では、菊池俊吉氏について書かれていた。
 著者がドキュメンタリー映像を作るために、軍の委託カメラマン・菊池俊吉氏が被爆直後に撮影した「被爆の伝言」の資料を集め、その写真の中にも写っている伝言と発見された伝言を照合させる作業から始まった。

第二章 幻の姉に出会えた では、伝言に書かれた「西京節子」さんという人物に関する取材が書かれていた。
名前と住所などを頼りに、「伝言」に書かれた尋ね人「西京節子」さんの親戚を探し当てた。伝言を書いた人は叔父の浅雄さん、取材に応じたのは浅雄さんの妻と節子さんの妹であった。
浅雄さんの妻は、浅雄さんが親戚である節子さんを必死に探していることは知っていたけれども、
実際に伝言を残しているということを知り、夫を見直した。と述べ、妹は原発後に生まれているので、姉を見たことがないけれども、母を通して感じていた姉に、やっと出会うことができた、と述べていた。

第三章 児童を探した教師たち では、伝言に書かれた小学校の先生に関する取材が書かれていた。
交替で夏休みをとっていて被爆地にいなかった先生、「建物疎開」(=町が空襲を受けた時延焼を防ぐため、木造家屋が密集している場所に防火帯を設けるための家屋の取り壊し作業)に生徒を引き連れていっていた先生、被爆後小学校に向かい、先生が先生に向け学生の面倒の引き継ぎを頼む伝言を残していた。その先生と学生を取材することができ、当時の話を聞き、また、当時の学生は先生が自分のことを気に掛けていてくれたことを知る。

第四章 新発見、迷路をたどるように
 著者は解体作業を取材し、判読できた文字を放送することで、関係者からの情報提供を呼びかけた。その結果、自分の親戚であると名乗り出て来る視聴者が何人かいた。

第五章 親と子
 伝言を書いた人の子供に連絡がつきインタビューを行った記録を綴っていた。幼くして母を原爆の後遺症で亡くしたある女性は、伝言の文字を見て、覚えていないけれども母の字が懐かしい。と述べた。

第六章 伝言との対面
 インタビューに応えたくれた人に実際の伝言を見に来てもらい、その様子が書かれていた。

第七章 そして残されたもの
 伝言板の一部は小学校の横に平和資料館として残され、一部は切り取られ、別の場所にほかんされることになり、その作業について述べれていた。

終章 テロと戦争の時代に
アメリカの9.11テロ事件後、広島の人々が被災者を励ます活動を行ったことなどが書かれていた。

あとがき――三年後の出来事
 では、この本を執筆し終わるあたりに投稿されたある人の体験記について述べられていた。

【感想】
 重かったー。けど、当時のことがずっとリアルに書いてあるという重さではなく、現代からさかのぼってその人から話を聞く、という視点が歴史を感じさせられるものでした。

 書かれた伝言が最初、鈴江さんか鈴枝さんか分からなくて、しかも複数の親戚が名乗り出ていて、その際に、そのうちの一人が、伝言が見つかったのは嬉しいけど、(最終的に死んでしまったから)被爆後長い時間苦しい思いをして小学校の方まで行っていたのかと思うと苦しい。と述べ、結局別の人が書いたとあったと分かった際には、良かった。と述べているのが、亡くなった人に対してその亡くなり方までも思っている、家族愛を感じました。

 最後の後書きの体験記では、直接的な被害には合わなかったけど、家族を探しに来て、その際には、顔見知りばっかりであったが、誰がいたか覚えていない。と語られており、その理由が、「一言も話さなかったから」というのが、すごくリアルに感じられました。被害を受け、けがをした人は避難所でうめき声をあげていたりするのは想像ができるのですが、その反面、家族を探しに来た人々は、言葉を発しないという「沈黙」のリアルがあった。ということを知らされました。

 全編通して、家族関係がいっぱいでてきて、読みながら横に家系図書かないと関係があんまりわからなくて、その上、誰が亡くなって、誰が伝言書いて、誰がインタビューに答えているのか。というのが、分かりにくかったです。

 しかし、被爆から50年近くたった平成の時代に取り壊しの際に伝言が再び発見され、それをきっかけに、関係者に取材をし、記憶をたどる。という一連の出来事には大きな意味があると考えました。原爆の際の様子は想像しきれない部分が多くありますが、誰かから誰かに伝言を残したい、という部分はすぐ理解することができるので、入りこみやすいドキュメンタリーでした。

2014年1月26日日曜日

読書マラソン59/100『県庁おもてなし課』 有川浩


読破っ!!
『県庁おもてなし課』 有川浩(作家)
発行:2011年3月 角川書店
難易度:★
感動度:★★
共感度:★★
個人的評価:★★
ページ数:461ページ



【本の紹介】
高知県県庁に実在する「おもてなし課」、そこで掛水は高知県を観光地として広めるために苦戦していた。ある日、観光特使として協力を仰いだ流行の作家・吉門から、そのやり方、将来性に対して厳しいダメ出しをされる。それにめげずに、高知県をより良くするために、彼からアドバイスを聞き出し、その結果、大規模なツーリズム計画が動き出す・・・。


【目次】
ことのはじまり
1.おもてなし課、発足。――グダグダ。
2.『パンダ誘致論者』、招聘――なるか?
3.高知レジャーランド化構想、発動。
4.順風満帆、七難八苦。
5.あがけ、おもてなし課。――ジタバタ。
6.おもてなし課は羽ばたく――か?
あとがき
参考文献
巻末特別企画「本」から起こす地方活性・観光振興!

【感想】

ネタバレ注意!!
 保安的で民間感覚が欠如し、手際も悪く、そんな悪いイメージを凝縮したような公務員的性格であった「おもてなし課」が、観光特使として協力を仰いだ吉門の助言、一般人からとして雇った多紀の助言により、良い方向に成長してゆく。さらには、かつて高知県内に新設される動物園に「パンダ誘致論」を提唱し、公務員の世界から追放された清遠に頼み込み、コンサルティング、プロデューサー的立場で、ツーリズムの本質について教えてもらう。

 「地元」、「おもてなし」、「ツーリズム」、という、最近注目されているテーマで高知県の観光業再生物語でした。最初と最後の主人公・掛水の成長っぷりはフィクションとはいえ、痛快でした。
ストーリーの合間に、恋模様や、家族愛についても描かれており、わりと分厚い割にさらっと読めました。物語の比重的にはおもてなし課:恋愛:家族=5:3:2という感じでした。それぞれの登場人物の心情の変化や掛け合いが沢山描かれている本で、文章表現とかが、特に女性には人気だろうな。と思える物語・表現でした。
 本の中では、いわゆる「田舎」を観光地として誘致するには、都市に比べ「便利さ」では勝てない上に、予算にも制限があるので、今ある「田舎らしさ」を前面に押し出し、民間が行っている観光業を「有機的に結合」する。という方法を取り、その実践の過程が描かれていました。
 高知県は山も川も海もアウトドアのすべてが揃っており、その地質的特性を活かし高知県全体を「レジャーランド化」する。という計画は、インパクトがあり、納得のいくものでした。「田舎らしさ」を前面に押すためには、まず、現地の「おもてなし課」の職員が、視点をずらして、日常を客観的に見る。ということが必要だ。という話も、説得力がありました。
 清遠が最終的にはプロジェクトから外されてしまい、残された「おもてなし課」が主体的に完成へと持っていくという話では、清遠から教わったノウハウや考え方をしっかりと受け継ごうとする掛水・多紀の姿と、それをそっと見守る吉門の姿に、胸が熱くなりました。
 ただ、気になる点としては、清遠の妻の描かれ方があまりにも悪役的すぎる、という点でした。
最後まで登場しなかったし、その方が分かりやすくて良かったけど、物語の中で唯一の悪者、という感じ描かれているのが少し気になりました。
 後書きでは、物語の冒頭の観光特使のエピソードは実際にあったもので、それがきっかけでこの物語を書くことになった。というのが、おもしろいなぁ。と思いました。「パンダ誘致論」も実在かと思いきや、それは著者の父がお酒を飲みつつテレビのニュースで動物園を新設するニュースを見て言ったことをもとにしている。と述べ、父が清遠のモデルにもなっていると述べられていました。
本の中にも何度も出てきた「民間感覚」というのを体現しているのが、著者の父であり、清遠であったのだと思い、フィクションでありながらも、現実をモデルにしてつくられている物語なんだなぁ。と思いました。
 現実世界では、もっと複雑なことが多いのかもしれないなぁ、と思いつつも、公務員の堅い世界にぶつかったり、厳しく指摘したり、されたりする様子や過程は、読者としても、どうしたらよいのか、考えながら読むのが面白かったです。

2014年1月25日土曜日

読書マラソン58/100『ネット大国中国』 遠藤誉

読破っ!!
『ネット大国中国』 遠藤誉 (理学博士)
発行:2011年4月 岩波新書
難易度:★★★
資料収集度:★★
理解度:★☆☆
個人的評価:★★★
ページ数:219ペー



【本のテーマ】
ネット市民=网名によるネット言論は民主化を導くのか。


【キーワード】
80后、网名、防火长城、人肉搜索、五毛党、翻墙、被自杀、「被和谐了」、河蟹三个戴表、権利意識、08憲章、意见领袖、

【目次】
はじめに
第一章 「グーグル中国」撤退騒動は何を語るか
第二章 ネット言論はどのような力を持っているのか
第三章 ネット検閲と世論誘導――“官”の政策
第四章 知恵とパロディで抵抗する網民たち――“民”の対応
第五章 若者とネット空間――権利意識に目覚める80后90后
第六章 ネット言論は中国をどこに導くのか
あとがき

【概要】
第一章 「グーグル中国」撤退騒動は何を語るか
グーグルが一度は中国に進出したが、情報規制のことで問題になり、結局撤退し、香港に拠点におくようになったことになったという一連の事件について書いてあった。

第二章 ネット言論はどのような力を持っているのか
网民(ネット民)はすでに若者を中心として広がり、4.5億人を超えている。孙志刚の事件に代表されるように、これまで見過ごされてきていた政府の腐敗や不正をネット上で追求し、実際に政府が動かざるを得なくなる。という事態が生まれ始めた。そこには、農民たちの「権利意識」の高まりがみられる。また、ネット上のオピニオンリーダーである「意见领袖」がそれらネット民の動きを決める鍵となる、という報告を受けた政府は、正確な「意见领袖」によってネット民を正しく導くことが大切であると述べた。

第三章 ネット検閲と世論誘導――“官”の政策
「グレートファイヤーウォール」は、有害情報から中国を守るために作られ、異民族の侵入から中国を守った万里の長城になぞらえて「防火长城」と呼ばれている。それにより敏感な政治内容や、特定のキーワードにフィルタリングをかけ、監視している。この事業は、「金盾工程」という「公安通信のネットワーク化と電子情報化システムを構築する工程」の一環である。また、ネット上の世論を導くために、「五毛党」という人員を雇い、政府に有利になるような発言をネット上でさせる。ということを行い、世論を操作しようとしている。また、商業サイトを点数制で管理し、検閲に引っかかると点数を減点し、点数が無くなると、サイトを閉鎖させる。という制度を作った。

第四章 知恵とパロディで抵抗する網民たち
グレートファイヤーウォールを潜り抜ける「翻墙」という行為がソフトを用いて行われ、海外のニュースを見たり、制限されたサイトを閲覧している。ある調査によると、彼らの内の約半数が、「政府は、ブラックボックス的な操作をするべきではない」と考えている。
また、2009年の今年の漢字に「被」が選ばれ、李国福の事件を代表として、「被自殺」という言葉が流行した。監獄の中で他殺されたものを自殺したと偽装したことを表す。権威のせいで、行動や事実が操作されていることに対する反感を表し、権利意識の高まりの現れでもある。「被就職」は、就職できない大学生に対し、大学が就職率を高めるために、偽の就職証明書を作成し、就職したということにさせられている現状を表す言葉である。胡錦濤政権が「和諧」をスローガンとして提唱しているのをパロディにして、ネット検閲により規制されることを「被和諧」(=和諧される)と表現しはじめ、さらには、和諧のピンインが河蟹と同じであるため、ネット上に「3つの腕時計をした蟹の写真」が多くアップされた。3つの腕時計は、「三个戴表」と書き、それは江沢民が提唱した「三つの代表」をパロディにしている。他にも同じピンインを用いて別の意味を表す単語として、「草泥马」などの罵しり言葉などがある。

第五章 若者とネット空間――権利意識に目覚める80后90后
改革開放・一人っ子政策がともに1978年から始まっているため、1980年を一つの区切りとする考えから、80后(1980年代以降生まれ)、90后という言葉が生まれ、彼ら80后90 后はネット民の63%を占めている。彼らは一人っ子政策により、親から大事に育てられたため、権利意識が高く、アニメや漫画への興味・関心(主に日本のもの)が高い。政府の「二一一工程」(21世紀までに100の重点大学(学力高い大学)を設定し、国家予算を投入する)により、各大学が定員数を増やしたことにより、大学生が急増し、その結果就職難につながり、多くの「蟻族」(大卒後、仕事がなく、アパートで共同生活をしている)を生み出した。そんな彼らは、ネット上の意见领袖(オピニオンリーダー)の発言に流されやすく、ネットが燃え上がることがあり、実際にデモなどの行動に移ることもある。

第六章 ネット言論は中国をどこに導くのか
中国の民主化を提唱した刘晓波の「08憲章」は、海外からはノーベル平和賞を与えられたが、中国はこれを取締り、彼を服役させ、授賞式にも行かせなかった。逮捕されるかされないかの線引きは、背後に「国際敵対勢力」があるかどうかで、刘晓波は海外メディアの目につくような形で発表したから処罰された。ネットは国民をより「多元化(価値観を多様化)」させ、自己組織化させる効果があり、「半直接民主」「参加型民主」を実現するが、政府はそれによって完全な「民主主義」にすることは許さない。統制の元での民主という「中国式民主」を今後も模索し、「特色ある社会主義国家」として存在していくのであろう。

【感想】
中国の国の在り方を考えさせられる本でした。
ネットの登場・普及により、政府の不正・腐敗が暴かれ、より公正になっていく流れは、とても良いものであると思います。しかし、そのことがつまり、完全な「民主主義」に結び付くのではなく、政府が管理し、統制し、規制する。というスタンスを変えないのが、中国があくまで社会主義国家であり続けようとしている姿が見えました。
規制が強すぎると、それは専制政治になってしまいますが、規制も何もない野放しの民主主義は、正しい方向に導かない。という前提に立っているものだと思います。
日本とは人数の桁も違うし、考え方も少し違うので、この前提がどこまで妥当なのかは分かりませんが、「中国式民主主義」、「特色ある社会主義国」という言葉に見られるように、民主主義と社会主義を融合させて生まれるものを、今後中国の未来に見ることができるのかもしれない。と思うようになりました。

2014年1月24日金曜日

読書マラソン57/100『ただトモ夫婦のリアル』 牛窪恵


読破っ!!
『ただトモ夫婦のリアル』 牛窪恵(マーケティングライター)
発行:2010年9月 日経プレミアシリーズ
難易度:★★
資料収集度:★★
理解度:★★
個人的評価:★
ページ数:235ページ


【本のテーマ】(裏表紙より抜粋)
草食系イクメン×おひとり妻=ただトモ夫婦…!?人知れず増殖する新型夫婦の生態や価値観、彼らの周辺に発生する消費市場を、人気のマーケティングライターが徹底解剖。新しい夫婦像や家族像、彼らと企業、メディア、コミュニティの新たなかかわりなどを探る。

【キーワード】
アイラブ自分世代、ガールズ・ママ、おひとり妻、DINKS、反バブル、
イエラブ族、保温家族、3低、見栄消費から幻想消費へ、平等志向とシェア欲求、
インビジブルファミリー、親孝行旅行、パパ・クォーター制度、

【目次】
はじめに
第一章 ママになっても「おひとり妻」したい!
第二章 草食系イクメン、スカートをはく?
第三章 わさびをケチって、4万円のベーカリーを買う理由
第四章 夫(妻)より親、の「親ラブ族」
第五章 これからも「ただトモ夫婦」でいいですか?
おわりに
データーの出所一覧

【概要】
はじめにでは、近年の夫婦の価値観の変化について述べていた。
夫婦の関係について、インタビュー調査をする中で、かつての夫婦関係とは違った、独身時代の自由さ、私的領域を確保しながらも、ルームシェアの友達のような「さらっとした」関係になっている今の世代の夫婦を「ただの友達のような夫婦=ただトモ夫婦」と名付け、分析していくと述べていた。

第一章 ママになっても「おひとり妻」したい!では、ただトモ夫婦の妻に焦点を当て分析していた。
ただトモ妻は、夫と束縛し合わず、お互いが「空気のような存在」であることを望み、ママ友との交流を重視し、母として、妻として、女として、といういくつかの「タグ」をうまく使い分け、曖昧な自分を生きながら、趣味や消費活動により、自分の可能性をさらに引き出そうとしている。バブル世代の価値観が自分をしっかり持つ「アイラブ自分世代」であり、目立つことを好むのに対し、ただトモ夫婦世代は、空気を読み、ママ友の中で「浮かない」ことを重視する特徴がある。その理由が、ママ友ネットワークが大切な情報収集源であり、相互扶助のネットワークであるからである。しかし、だからと言って完全に心を許しているとも言えず、受験などの競争においてはライバルであるため、手の内を明かさない事が多い。また、経済状況なども、ママ友の中で比較的リッチであると妬まれるてしまうことがあるため、そう思われないように気を遣い合っている。
不況の原因もあり、休日を家で家族過ごすことが増え、意識的に家族の団らんを過ごすようになった状況を、博報堂生活総研は「保温家族」と名付け、「家族ならではの心地よさを意識的に保持しようとする日本の家族」と定義づけた。家族の時間も大事にしつつ、自分の個人の時間も大事にする。というのがただトモ夫婦の理想である。
ただトモ妻は結婚して子供が出来ても7割は仕事を止めずに続け、稼いだお金を自分のためにも使う。高学歴、高収入、高身長、の3高から、低リスク、低依存、低姿勢の3低を望むように変化してきている。また、結婚自体に憧れを抱く人は減り、「片づけたい」という意識を持っている人が多い。夫に対する期待値も高くなく、争いごとを避け、妥協し合う関係を築く。

第二章 草食系イクメン、スカートをはく? では、ただトモ夫婦の夫に焦点を当て分析していた。
会社では家庭との両立を前提に無理をしすぎず、おしゃれにも気をつかう人が多い。子作り以外の夜の営みは「無駄」であると感じる傾向が高く、子育てや家事にも積極的に参加しようとする意識が高い。子供と一緒になって自分自身も楽しみ、習い事を一緒にしたりもする。しかし、子育てや家事に関してはまだ「ロールモデル」が少なく、どうしたらよいのか分からない現状がある。

第三章 わさびをケチって、4万円のベーカリーを買う理由
バブル世代は対立があった場合徹底的に抗戦する「ハムラビ系(目には目を、歯には歯を)」であるが、ただトモ世代は「ガンジー系(非暴力、不服従)」暗に抵抗したり、条件を突き付けたりする。
Wiiやルンバなどの消費が、家族の「ゆるいつながり」を生み出している。他にも、ホームベーカリーが売れたりしている現象も根本には「家族幻想」(家族とこんな過ごし方をしてみたい、)という幻想消費が存在している。「楽ができる」商品では売れにくいが「家族の健康、幸せのため」であると広告すると売れやすくなる。(例:食器洗浄機、ルンバ)

第四章 夫(妻)より親、の「親ラブ族」
ただトモ夫婦の配偶者への愛は3年ほどで失われることが多く、配偶者よりも、自分の親とのつながりを大切にし、最終的に頼る傾向がある。結婚後、実家から30分以内の距離に住む夫婦が65%を超えており、頻繁に子育ての手助けをしてもらっている。結婚後関係がうまくいかなかった場合、子供を連れて実家に帰ることを勧める親もいる。結婚後3組に1組が離婚する時代であり、出産時に「離婚」を意識する妻が半数近くいる。それは、夫が妻に対する「共感の姿勢」が欠けていること。が理由としてあげられ、正しい正解を与えるのではなく、話を聞き、共感することで不満が解消される。と述べられていた。

第五章 これからも「ただトモ夫婦」でいいですか?
親の実家の近くに住み子育て援助をしてもらう「インビジブル・ファミリー」(見えない家族)が、精神的に結びつき、それが2世代、3世代と続いていき、2015年頃にはそれが一般化する。と述べていた。ただトモ夫婦世代は親を大切にし、積極的に子育てに参加させ、親孝行として、旅行に連れて行ったりする。(しかし、費用は親もちが多い)
夫は、子育てに参加したくても、仕事が忙しくて無理であったり、やりかたを教えてくれる機会が少なくて出来ないことが多い。
小さい頃から、「男女平等、男も家事・子育てをし、女も働けるようにするべき」という価値観で育てられてきたが、実際結婚し、子供を産んでみると、女性は育休をとると降格されたり、男性は育休をとることが難しいなど、制度面で整っておらず、ギャップを感じてしまうことが多い。日本の育休取得率は、女性は90.6%であるが、男性は1.23%しかない。国の目標では、2015年頃までに男性の育休を10%にまでするとしている。職場で育休する人を応援する雰囲気づくりをすることが大切である。

【感想】
面白かった!牛窪さんの本は、「今」のことがインタビュー調査と、アンケート調査等のデータをもとに書かれていて、リアルに感じることができました。冷蔵庫の中を夫婦でテリトリーを作って使っているとか、ルンバを買ったおかげで夫婦の仲が良くなったとか、色んなエピソードが、「今」を感じさせてくれました。
全体に共通する部分としては、今のただトモ夫婦世代は性別によって「かくあるべし」という意識が低く、男性も家事・子育てをし、女性も働くのを良しとしていますが、実際には制度がその意識においついておらず、無理が生じてしまい、そこを、実家の親であったり、ママ友のサポートを得て、
子育てを行っている。という印象を受けました。

今の現状では、女性の方が、働くことを良しとされながら、依然として家事子育ても女性中心でしなければならない状態で、すごく「タフさ」が求められるのだろうな。と思いました。
情報・相互扶助ネットワークである「ママ友」に対する「パパ友」も存在はしているけれども、
まだそこまで普及しておらず、制度面でも、意識面でもまだ完全な男女平等には至っていないと実感させられました。また、「イクメン」という言葉が認知されてきていても、具体的な「ロールモデル」が職場にもまだ少ない状況なのだと理解しました。

統計データ集

読書マラソン56/100『教師格差――ダメ教師はなぜ増えるのか』 尾木直樹


読破っ!!
『教師格差――ダメ教師はなぜ増えるのか』 尾木直樹(教育評論家)
発行:2007年6月 角川ONEテーマ21
難易度:★★★
資料収集度:★★☆☆
理解度:★★☆☆
個人的評価:★
ページ数:221ページ



【本のテーマ】
教師の現場の現状を調査などから明らかにし、その原因、対策を述べる。

【キーワード】
2007年問題、モンスターペアレンツ、校務分掌、目標管理型評価システム、
教育基本法改正、教育再生会議、習熟度別学習

【目次】
序章 病める教師――教育の現場から
 1.「心の病」と教師  2.教師が病んでしまう理由
第一章 教師力は落ちたのか
 1.「問題教師」はどこにでもいる 2.「学校の常識」は非常識か
 3.ダメ教師の現実 4.教師格差拡大の危機
第二章 「逆風」にさらされる教師
 1.教師と親の終わりなき闘い 2.時間との闘い!教育委員会との闘い!
 3.子供を教師から奪う改正教育基本法
第三章 教師の条件
 1.教師という仕事 2.教師像の現実と理想 3.何が教師に求められているのか
第四章 「教育再生論議」に見る、教師の未来
 1.動き始めてしまった!教育再生会議 2.「教員免許更新制」の問題点
 3.「いじめ問題」への処方箋 4.「学級崩壊」「ゆとり教育」への誤解を解く鍵
第五章 「再生教育」への提言
 1.ビジョンが見えない「教育改革」の罪 2.現実に押し寄せる「教育格差」
 3.「教育再生」は必ずできる
おわりに

【概要】
序章 病める教師――教育の現場から では、教師の現場の現状を述べていた。
2005年度調査によると、教師の精神性疾患による求職者は1995年の1.9倍の4178人であった。
東京都教育委員会は教師に『こころにも休み時間を』と書かれた、「こころに風を入れる7つのポイント」が書かれたカードを配布している。と述べていた。
著者のアンケート調査の自由記述回答の一例から、教師がどのようなことに悩んでいるのかが描かれていた。評価主義や形式主義によって提出資料にかける時間が増え、子供にかける時間が足りない。と述べられていた。
また、2005年の労働科学研究所の調査によると、教師2432人中、45.6%が体調が不調、非常に不調と答えていた。(全職業においては15.7%がそう答えていた。)

第一章 教師力は落ちたのか
報道でとりあげられた問題教師について述べ、また教師という世界が閉鎖的な特徴を持っていることを述べ、さらには「生活科」や「総合学習」など勉強の自由度合いが高まった際に何をしたらよいか分からない、という教師の声を描いていた。その結果、教師の権威がかつてのようではなくなり、教え方を塾講師から学んだりしている現状を述べ、その一方で、「2007年問題」と言われる10年間の大量退職時代である現状を述べていた。

第二章 「逆風」にさらされる教師
モンスターペアレンツ(時には両親ともに)について述べ、勤務時間の長さについて述べていた。
文部科学省によると、2006年7月の小学校教諭の一日勤務時間は10時間37分、残業時間が1時間47分であった。2005年労働科学研究所によると、小学校で17.9%、中学校で22.5%の教諭が「過労死基準」の月80時間を超えている。
その理由として、文部科学省を始めとする機関からの生徒を対象にした「調査」資料への回答・報告が大量にあること、学校内の役割分担「校務分掌」(主任・会計・校務運営・・・50以上ある)の兼任、などの理由があげられ、さらに「評価システム」により、相互評価したものが給与に関係するため、横の連携を取りづらくなっている。と述べられていた。
2006年12月には『教育基本法』が改正され、教育が政治から「独立している」という要素が薄くなる記述となってしまった。と述べられていた。

第三章 教師の条件 
教師と塾の講師は根本的に異なっており、塾の講師は「学力の向上」に特化しているが、学校の教師はそれ以外の「人間性」に対しても教育する役割を担っている。アメリカやフランスでは教師は学校の教師は授業に特化しているのに対して、日本の教師は学校という閉鎖空間で、「校務分掌」という役割分担をしている。そのようすは、社会の縮図であり、そのような「学校力」を高めることで、教師の姿を見て生徒がより「人間力」を学び取ることができる。と述べていた。
また、校長が求める理想の教師像が「授業がわかりやすい」を最も重視するのに対し、保護者と子供は「話を聞いてくれる」など、授業以外の面での生徒の心理的な理解を重視している。
また、目標管理型評価システムは、自分で目標を設定し、同僚からの評価をもとに給与を決定するシステムであり、それは、市場主義の競争を取り入れたものであるが、現場の声として、校長は効果的であると述べている一方、現場の教師からの反応はあまりよくない。その理由が、評価理由が開示されていないことがあげられ、評価内容を開示する声が上がっていることを調査から述べていた。

第四章 「教育再生論議」に見る、教師の未来
2006年10月から、安倍内閣のもとで「教育再生会議」が立ち上がった。そこで様々な議論が教育専門家ではない様々な知識人の視点から議論された。いじめ問題が深刻化してからは、いじめ問題への対応に重点を置いて議論している。2007年1月にはゆとり教育の見直しが提言された。また、免許更新制については、問題教師を追放する目的であると考えられるが、「問題教師」=「指導力不足の教師」という等式は成り立たない。と述べていた。いじめ問題については、目標管理型評価システムの存在により、評価を下げないために隠蔽する、という事態が発生している。と述べていた。それに対する教育再生会議の提言も、「いじめを傍観する者も加害者とみなす」という行き過ぎた提言をしている。と指摘していた。
教師は会社と違い、同僚間での協力・連帯感が必要不可欠である。と述べ、目標管理型評価システムの欠点を指摘していた。

第五章 「再生教育」への提言
「学力向上」に固執するあまりに、「生きる力」というものが軽視されてしまう恐れがある。
著者が行ったアンケート調査によると、親が子供に一番求めているのは「学力の向上」よりも「人の痛みや苦しみを理解する」ことであった。教育格差の存在、習熟度別学習のデメリットについて述べていた。教育に国がかけるお金は年々減少しており、先進国の中では最下位である。と述べ、教育は国家をどのようなものにしたいのか、というヴィジョンに向けての投資であり、最終的にはそれが社会に還元されるという意識を持ち、位置づけをもっと高めるべきである。と指摘していた。
具体的には、教師の数を増やし、少人数制のクラス編成を行い、生徒の意見をより取り入れた教育を行うことを提言していた。

【感想】
教育の現状について、現場のリアルな声を聞くことができる本でした。
教師がなぜ忙しいのか、また、評価システムがいじめの隠蔽に繋がっている、ということ、
教育基本法が改正され、教育が独立したもの、という意味合いが薄くなったことなどを知りました。
日本の教育制度は、教師はただ教えるだけではだめ、というのが独特なのだそうで、
それがよいところでもあり、悪いところでもあるのかな。と思いました。

筆者が最後に提案していた、教師の人数を増やして、少人数制のクラスにする。
という提案には、賛成です。現実可能なのかどうかは分かりませんが、
教育への支出を増やすことが出来たら、ぜひそうしてほしいと思います。
逆にそうでないと、教師はクラスの中でおとなしくしている優等生よりも、手のかかる生徒にばかり時間を使い指導をし、クラスに埋没してしまった生徒の、自尊心や自主性を育めないと思います。

これまで、教えてきてもらっていた教師に対して(特に中学の)あまり良い印象を持っていませんでしたが、きっと自分の知らないところで、仕事に追われ、大変な思いをしていたんだろうな。と想像しました。「良い教育をしたい」という思いがあっても、システムがそうさせてくれない、ということもあったのかな。と思いました。でもやっぱり、自分が受けてきた教育(特に中学)を振り返ると、「事なかれ形式主義」で、おとなしく優等生にしていたら、その存在感を感じてもらえているのか分からなくなるくらい、表面的な対応しかしてくれなかったな。と思い出します。
小学校の教育は、割と連絡帳で「交換ノート」みたいに、会話をさせてくれたり、総合学習で地元をテーマにした学習をしたり、いろいろと工夫してくれていたのを思い出しました。
教育というのは、受けている時は、それがどういう効果があるのか意識することもなく、
ただ受けるしかないけど、時間がたってふと振り返った時に、なんとなく心に残っていて、
こういう能力を育もうとしてくれていたのか、と気づいて、その手間に感謝したくなるようなものだと思いました。交換ノートとか、作文とか、一人ずつチェックするの大変だっただろうな。

これからの教育を考えても、対面式で一人一人の生徒と向き合う、というのは、
教師の数を増やさない限り理想論でしかなくて、現実的な対応としては、連絡帳でのやりとりとか、
そういう書面上での生徒とのやりとりが中心になってしまうのだと思います。
それがコミュニケーションの能力の低下の原因につながっている。と考えたりしますが、
教育というのは、「比較」することができないので、因果関係を論理的に説明しにくいし、
何が良くて何が悪いかというのも結論付けにくいものなのだと思います。

読みながら、教師の知り合いのことを思い出しました。
教師の皆さん、どうか体を壊さずに続けてください。
皆さんの気持ちが生徒に届きますように。
そして、日本の教育がより良いものになりますように。