『「甘え」の構造』 土井健郎 樹(東京大学医学部教授)
発行:1971年2月 弘文堂
難易度:★★★☆☆
資料収集度:★★★☆☆
理解度:★★★☆☆
個人的評価:★★★★☆
ページ数:318ページ
【本のテーマ】
「甘え」という感情が日本語独特の意味を持つというところから始まり、
精神学者として、様々な精神患者を精神学的用語ではなく日本語で病状を説明することで、
日本人の精神構造を理解する。また、さまざまな精神活動の根本に「甘え」の概念があると述べていた。
【キーワード】
受動的対象愛、人情の世界、義理の世界、他人の世界、恩、ウチ・ソト、遠慮、文化的偏見、
一体化の欲求、分離の拒否、わび・さび・いき、すまない、気がすむ、くやしい、くやむ、
ルサンチマン、被害者意識、同性愛的感情、自分がない、集団ヒステリー、人間疎外、父なき世界
【目次】
はしがき
「甘え」今昔
第一章 「甘え」の着想
第二章 「甘え」の世界
第三章 「甘え」の論理
第四章 「甘え」の病理
第五章 「甘え」と現代社会
【付】「甘え」再考
【概要】
第一章 「甘え」の着想
著者がなぜ「甘え」という言葉が気にかかり本を書くことになったかを述べていた。
米国での留学をきっかけに受けたカルチャーショック、そこから論文の執筆、講演などの
流れが書かれていた。「甘え」とは=受動的対象愛であり、人間関係を円滑にする役割があり、
被害者意識などをはじめとするの精神的動きも「甘え」から生じている。と主張していた。
第二章 「甘え」の世界
日本人の「甘え」に対する偏愛的な感受性が日本社会における縦関係重視の原因である。
「甘える」を起点とした感情として「ひがむ、すねる、ひねくれる、うらむ」(「甘え」を期待したが得られなかったことにより生じる感情)そして「たのむ、とりいる、こだわる、気兼ね、わだかまり、てれる」(「甘え」の関係の強さを推し量って生じる行動や感情)として述べられていた。また、日本人の人間関係を三段階に図式化し、「人情の関係」「義理の関係」「他人の関係」とし、同心円状に広がっていると述べていた。「人情の世界」の中心的な感情は「甘え」であり、依存性を歓迎する性質がある。「義理の世界」は人為的に人情が持ち込まれた関係であり、人を依存的関係に縛る。と述べられていた。「恩」とは、人情をうけることであり、義理が成立するきっかけであり、心理的負債であるとも述べられていた。義理人情の葛藤とは、双方の好意を引き留めたいという「甘え」の感情である。
また、「ウチ」「ソト」による分類とは、遠慮が「ある」「ない」の分類であり、人情の世界と、義理の世界の一部分に対しては「甘え」により「遠慮がない」関係であり、義理の世界の一部分と他人の世界の一部分に対しては「遠慮がある」関係、そして、それ以外の他人の世界にたいしては意識する必要がないため再び「遠慮がない」関係が現れる(旅の恥はかき捨てなど)と指摘していた。
ここでいう「ウチ」とは、個人を中心とした領域ではなく、自分の属する集団であると述べられていた。
「菊と刀」の著書であるベネディクト氏の日本文化考察には文化的偏見(日本の恥文化は西洋の罪文化に劣っているという主張)があると述べ、皮相的であると批判していた。日本にも罪の文化はある(集団に対する裏切り)と述べていた。
また、日本の「天皇制度」は、甘えを理想化し、甘えの支配する世界を以て真に人間的な世界である、という考えのもと、幼児的依存の尊重を制度化である。と述べ、幼児的依存を純粋に体現できるものこそ日本の社会で上に立つ資格があると述べていた。
また、日本語の敬語や祖先崇拝についても「甘え」の関係と関連付けて述べられていた。
第三章 「甘え」の論理
「甘え」と関連する言葉である「気」とは瞬間瞬間における精神の動きを指す。心と体を通して外界に働きかける仕方、ないしそのベクトルを指す。と述べ、中国語の意味から微妙にずれた独特の意味を持つ、と述べていた。「あたま」「こころ」「はら」がそれぞれ精神の異なる働きの主体を指しており、したがって現象の背後にあるものを意味する。それに対して「気」は現象の働きそのものを指す。とし、また常に快楽志向的であり、精神活動の原則を代表する。と述べられていた。
「甘え」の原型は乳児がおぼろげに自分と別の存在と近くする母と密着することを求めることから始まり、つまり、分離の事実を心理的に拒否・否定しようとする心の動きであると述べられていた。
つまり、「甘え」のプラス面は「無差別平等、極めて寛容、無原則の原則、無価値の価値」であり、マイナスの面は「非論理的、(他者である限り)閉鎖的、私的」であると述べていた。
日本の審美感としての「わび」「さび」は、人界を避けて閑寂を愛する心であり、一見「甘え」の精神と逆であるように見えるが、自分を取り巻く人との間の一体感(「甘え」)を味わったり、その境地を媒介として新たな交流を生む、という点で「甘え」の精神である。対する「いき」は、市井の中にあって、生の甘えにしばしば伴う泥臭さを抜きにして生きることの審美感であると述べられていた。
第四章 「甘え」の病理
「人見知り」というのは「恥」の文化である、「周囲に対する恥」が重度化すると「周囲に対するおびえ」となり、対人恐怖症などの病理につながる。「すまない」という言葉は許してもらうことを前提とした「甘え」の考えと関連がある。それが深刻になると「気がすまない」になり。そこには他者依存的ではない自律的な精神があり、日本人の勤勉さはこの感覚によるものである。と述べていた。しかし、それがさらに深刻になると、強迫的神経症などの病理につながる。と述べていた。
「甘え」は同性愛とも関係しており、フロイトによると幼児期母親との密着により異性を求めねばならぬ時期に達してもこの密着を断ち切ることができない結果、母親と同一化し、自分と似た対象すなわち同性を愛するようになる。のであり、このことから、同性愛は母親への密着の帰結であり、甘えの表現であると述べていた。また、フロイトが精神分析の際によく用いていた同性愛「的」感情とはつまり「甘え」の感情である。と述べていた。夏目漱石は「こころ」の中で、この同性愛的感情をテーマとしていた。フロイトと漱石の思想の要約として、甘えの挫折ないし葛藤は様々な精神障害を引き起こす。仮に甘えが満足させられても安心はできない。満足は一時のことで必ず幻滅に終わる。「自由と独立と己れとに満ちた時代」において甘えによる連帯感は所詮蜃気楼に過ぎない。
幻滅に悩みたくないならば、自己についての真実と孤独の淋しみに耐える覚悟がなければならない。とまとめていた。
「くやむ」という感情についても、甘えられない→気が済むように試みる→気が済まない→くやしい→くやむ→鬱などの病理になる。と述べていた。くやしさは外向的なであるのに対し、くやむ気持ちは内向的であると指摘し、また西洋ではルサンチマン(=くやしさ)を否定的にとらえるのに対し、日本では「くやしさ」を積極的にとらえる違いがあると述べていた。
「被害者意識」とは、一時的な被害感にとどまらず自分の社会的立場事態を被害者のそれとして意識することであるが、正常な場合は自らの所属する集団とその意識を共有するが、異常な場合は悪い方向へ執念深くなる。それは、幼い頃に甘えを媒介とした人との共感関係を経験したことが少ないからである。とし、甘えは独りよがりとなる傾向が強い。と述べられていた。
また、「自分がない」という言葉は集団に埋没しすぎた状態もしくは、集団に属さず孤立することによって自分を失う状態であると述べ、自分がある状態は実現しにくいと述べ、実現できたとしても
集団ヒステリーのような危険性を秘めていると述べていた。
第五章 「甘え」と現代社会
「人間疎外」という言葉が多用されている。それは新しい世代が世界の進歩の速さに脅威を感じ、疎外感を感じていることである。と述べていた。「父なき社会」とはニーチェの「神は死んだ」と似ており、「大人」としての権威を持つ人が少なくなってきており、「大人のような子供」と「子供のような大人」が増え、そこに共通するのは「甘え」であると述べていた。
【付】「甘え」再考
「甘えの構造」出版後の批判に対する回答を述べていた。
「甘え」という言葉は日本特有の概念であるが、同時に普遍的な感情でもあり、世界中に存在する。しかし単語として言葉にあるかないかの違いである。
日本人が集団の圧力を受ける理由として、集団が同心円的な構造あるいは集団が寄合世帯のごとく並列するだけで、相互に交差することがなかったからである。と述べ、所属集団と本来関係のない別の集団に参加するという事実によってはじめて自由を獲得する。と述べていた。
【感想】
昭和に書かれた本とは思えないくらい、現代にも通用するところが多いと感じる本でした!
前半と終盤はちょっと理解できてないところが多いのですが、中盤の日本人の人間関係の図式化はとても的確で、また日本人の精神異常を日本語を用いて説明するところは、精神科医としての実践を踏まえた考察であると感じました。
日本人の人間構造の図式化は、人情・義理・他人の三層で分け、さらにその中に「遠慮がある・ない」のゾーンがある。という考え方は新しく、かつ的確であると感じました。
そして、そのような関係は同心円状でありお互いの結びつきが弱い、という指摘も、
中国人の人間関係と比較する際に役立つ視点であると思いました。
読んだときは、日本語らしい日本語がたくさん出てきて、日本人の心の奥を触られてるような感じがしました。何気なく使っていた日本語独特の表現(英語とかで直訳できない表現)を感じ、日本語の奥深さを感じることができる本でした。
「甘え」の概念についても、西洋と比較して初めて理解できるのであって、この文化の中で育ってきた大部分の人からすると、指摘されてもその特異性がわからない。という著述があったように、
自分自身も読んでみて、なるほどなー。と思うところは多かったけれど、それは「当たり前」感を抜け出せませんでした。というか、西欧では「甘え」の文化がないというのがいまいちピンと来ないです。
読んでみて、日本人の性格を要約すると、「一体化志向が強く、一体化した関係の中では「甘え」の関係を築く。たとえ教義的に一体化できなさそうな他者だったとしても、積極的にその要素を取り込もうとする。しかし、どうしても一体化できない他者に対しては排他的である。」という感じを受けました。
そして、中国の文化の中にもこの「甘え」の文化は存在していると思いました。
「おごりあう文化」といわれるのもその体現の一つであると思います。
【理解・評価】
エッセイ風に書いてあって、昔の本という印象をあまり受けない比較的読みやすい本でした。
時々「学生闘争」とか「ソ連崩壊」とか書いていて、時代を感じました。
引用は理解できないところが多かったので、さらっと読み流しました。
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